近畿大学医学部・病院50周年史
Survey or Interview前田 裕弘

垣根なき連携が生む
確かな診療力
第3内科の伝統受け継ぐ

Seamless collaboration for reliable medical care
— carrying on the legacy of the Third Internal Medicine Department.
MAEDA Yasuhiro

President of Alumni Association

現在の所属
医療法人社団日翔会 まえだクリニック
第三内科に在籍されていた期間
1980年~2010年
  1. ご自身の医師としてのキャリアの出発点として、近畿大学医学部での学びがどのように影響を与えましたか。

    近畿大学医学部には第1期生として入学しましたので、大学側も初めての学生だったので、カリキュラムや教育体制も試行錯誤のことが多く、しんどい思いをした。そのため、フロンティア精神が備わったように思います。
  2. 同窓会長として、現在どのような活動を重視されていますか。

    卒業生間のコミュニケーション、すなわち親睦と交流を深めることおよび在学生の学生生活における親身なサポート、を心がけております。最終的には母校への恩返しが出来れば良いかと思います。
  3. 近畿大学医学部の同窓会の果たす役割や意義について、どのようにお考えでしょうか。

    医学部創立50年が経過し、近畿大学医学部のブランドとしての価値が問われる時期になっています。そのためにも近畿大学医学部卒の主任教授を多く輩出することが非常に重要になり、学生のモチベーションアップにもつながると思います。
  4. 医学部50周年に寄せて、母校への想いや今後の発展への期待があればお聞かせください。

    近畿大学自体創立100周年になり、勢いの良い大学であり、医学部も場所は離れていてもその勢いをいただき、今後も発展していくことを切望します。
  5. 後輩や若手医師に向けてのメッセージをお願いいたします。

    勉強だけでなく、学生時代にしかできないことを積極的にやってほしい。それと、同期間のコミュニケーションをうまく取って卒業後もそれを継続してほしい。

第三内科について
元第三内科
医療法人社団 日翔会 生野愛和透析クリニック
長谷川 廣文 院長

  1. ご自身の医師としてのキャリアの出発点として、近畿大学病院第三内科での学びがどのように影響を与えましたか。

    第三内科に在籍中、主に腎臓学(血液浄化療法、腎性貧血、腹膜透析療法)、感染症学(免疫不全時の感染防御と治療、透析患者の感染対策)に従事していました。
    在籍期間中、腎臓学では血液浄化療法領域の研究・技術の著しい進歩が見られた時期でした。新たな各種血液透析方法、新しい透析膜や透析液の開発、腹膜透析の適応、腎性貧血に対するエリスロポエチンが適応など、今日、一般的に行われている治療方法がこの時期に確立されており、現在行っている日々の透析医療に役だっています。
    感染症学では、骨髄移植、白血病治療時の免疫不全状態における感染症予防対策としてのクリーンルームの環境整備の研究、各種の抗生物質の治療効果と投与方法について研究していました。また、透析施設における感染症対策(結核症、肝炎)についても調査・研究・対策を行い、対策マニュアルの作成を行ないました。この経験は、新型コロナ感染症(COVID-19)対策に際しておおいに役にたっています。
  2. 堀内篤先生について印象に残っているお人柄・ご指導・エピソードなどがあればご記入ください。

    近大病院が開院した1975年に、小生は日本大学医学部を卒業しすぐに堀内先生の第三内科に入局しました。開院して間もないため病院全体のスタッフはそろっておらず、病院は病棟が内科系と外科系を併せた混合病棟1病棟のみで十分に機能していませんでした。第三内科の医局員は堀内教授以下7名で血液、腎臓、膠原病領域を担当し、そこに小生と同期の椿先生が研修医として入局しました。この年から研修医制度が変更になった時でもあり、新しい研修医制度の下でわれわれ2名は研修を受ける事となりました。このため、病院の機能を拡張しながら新しい研修体制を整えていく状態でした。
    このような混乱した状態で、医局員は診療の分担をしながら自分の研究、学生の教育、そして、われわれ研修生の指導をしていただきました。堀内先生には急性白血病治療時に用いるクリールームシステムの環境・精度管理についての研究の指導をしていただき、1976年には学会発表させていただきました。この時は発表原稿やスライドの作成方法(当時はブルースライド自作のため現像方法も含めて)を手取り足取り指導して頂いたことを覚えております。
  3. 当時の医局で特に力を入れていた取り組み(診療・研究・教育など)について教えてください。

    第三内科では、病態別に大きく三つのグループ(血液・腎臓・膠原病)に分かれていました。
    血液グループでは、造血器腫瘍(白血病、悪性リンパ腫等)に対する診断方法と各種化学療法を研究するグループと、当時始められた骨髄移植療法(同種骨髄移植、非血縁骨髄移植、末梢血幹細胞)を研究するグループがあり、基礎研究と臨床研究が行われました。
    腎臓グループでは、末期慢性腎不全に対する各種の血液浄化療法(血液透析、腹膜透析、血漿交換療法など)、腎性貧血に対するエリスロポエチンの投与方法、腎機能低下時の抗生物質の体内動態などが臨床研究されました。
    膠原病グループでは、自己免疫疾患の病態の研究と治療が行われていました。研究では胸腺の研究、抗DNA抗体、免疫複合体ならびにB細胞機能の検討が行われていました。臨床では膠原病疾患に対する各種免疫抑制剤、DMARDsの検討や血液浄化療法の検討が行われました。
  4. 第三内科の特色や強み、他の内科と異なる点について、印象に残っていることがあればご記入ください。

    第三内科医局開局当初は少ない医局員全員で、血液、腎臓、膠原病領域の疾患患者の診療を行いながら専門領域の研究を行い、学生の教育に当たっていました。その後、医局員が増えると血液・腎臓・膠原病領域、それぞれのグループに別れ、より専門的な研究を行うことが可能になりましたが、入院診療においてはグループに関係なく色々な疾患の主治医になり、当科で扱う疾患を診れる体制となっていました。各グループの医局員が専門性を出し合いながらお互いに協力して治療に当たりました。堀内先生のモットーである、グループ間での垣根を作らない医局の体制を作ることが出来たと考えております。
  5. 50周年を迎える近畿大学医学部・病院へのメッセージをお願いします。

    医学部・病院の50周年おめでとうございます。また、医学部・新病院への移転、誠におめでとうございます。
    現在、大阪南部の医療圏の核として、近畿大学医学部・病院の役割は大変重要なことは言うまでもありません。これからの50年、世界に通用する診療・研究・教育が発信出来るよう、さらなる発展を期待してやみません。