研究成果

研究成果

平成26年度~平成30年度

研究プロジェクトの目的・意義及び計画の概要

【背景】

“がん細胞のアキレス腱”と呼ばれる増殖シグナルはがん治療の重要な標的である。本学では増殖シグナルの制御に関するゲノム科学研究、がん化の鍵を握る細胞内シグナル経路を標的とした創薬研究、生命薬学研究、臨床医学研究が精力的に行われ、次世代のがん治療につながる傑出した成果と魅力的な創薬シーズが集積している。さらに近畿大学は、薬学部、医学部、大学病院を有する日本屈指の総合大学であり、“医薬連携研究”を展開する上で極めて恵まれた環境にある。

【目的】

本研究の目的は、増殖シグナルの制御機構を明らかにし、革新的ながん治療法開発に向けた統合的ゲノム研究を推進し、生命科学・創薬研究の成果を臨床応用へとつなぐ橋渡し研究(トランスレーショナルリサーチ)を展開することにより、医薬連携研究基盤を形成することである。

【計画の概要】

がん治療の重要な課題として、「がん細胞選択的に作用する薬剤の開発」「抗がん剤抵抗性の克服」「抗がん剤治療に伴う副作用の軽減」があげられる。加えて、ゲノム科学技術の飛躍的進歩に基づき、「がん細胞特異的な増殖シグナル制御機構の解明」、「臨床検体から得られたがんゲノム情報」に基づいた革新的ながん治療戦略を立脚することが重要となる。そこで、本研究課題では、近畿大学薬学部・医学部・薬学総合研究所の研究者が結集し、(A) 増殖シグナルを標的とした創薬探索・生命科学研究を展開し、(B)癌や増殖シグナルの制御機構の解明、および代謝との関わりについて統合的な基盤研究を展開するとともに、(C) 基礎研究の成果を創薬・医療シーズへと育成するための橋渡し研究(トランスレーショナル・リサーチ)を行うことにより、医薬連携研究拠点基盤形成を行う。

【意義】

日本有数の総合大学である近畿大学が、ゲノム研究を中核とした医薬連携をとおして「橋渡し研究の基盤」を形成し、増殖制御機構の解明と、革新的がん治療法の開発に貢献する。また、若手研究者の育成、特に創薬研究、生命科学・臨床医学研究に携わる臨床検査技師、臨床薬剤師など、学際的な領域で活躍できる人材の輩出にも貢献する。

研究プロジェクトの進捗及び成果の概要

研究拠点形成

基盤整備として、平成26年に薬学部、医学部の連携により、近畿大学ライフサイエンスセンター内に「ゲノムセンター」を立ち上げ、次世代シーケンサーを始めとする最新の検査機器が導入された。これにより、臨床検体を用いたがん関連遺伝子のゲノム解析、創薬シーズの評価、がん分子標的のPOC解析、コンパニオン病理診断等に関する最先端のゲノム研究が迅速に推進できる研究のインフラ基盤が構築、整備された。
同時に平成26年度より、本研究プロジェクトの構想に沿って、薬学部、医学部に基本研究機器が設置された結果、本研究プロジェクトを推進する研究環境・設備が整った。

研究体制

薬学部・薬学総合研究所の15研究室と医学部・附属病院の4研究室が以下に示す3つの課題A,B,Cに取り組んだ。(一研究室が複数のテーマに関わることもある。例:探索&制御解析、探索&臨床etc.)。本研究構想を達成する過程で、各研究者が緊密に連携し、互いの成果をフィードバックすることで、学部内、および薬学部―医学部間の共同研究を積極的に推進するとともに、創薬、医療シーズの開発にむけて、国内外研究機関、さらには製薬企業との産学共同研究も活発に行われた。その結果、317報の論文発表、740件の学会発表、15件の創薬・医療シーズの特許申請という研究成果につながった。

以下に研究課題ごとの「特筆すべき研究成果」を示す。

研究課題 (A) 増殖シグナルを標的とした創薬研究・シーズの開発(リーダー杉浦)

副作用が少なく、がん細胞に選択的に作用する医薬品の開発が希求されている。さらに、増殖・生存シグナルであるERK/AKTシグナル経路の制御に関わる因子は抗がん剤開発の魅力的な標的である。特筆すべき成果として、がん細胞選択的効果を示す抗体医薬品、天然物由来の低分子化合物シーズを複数発見、創製することに成功した。

  • がん細胞選択的に細胞死を誘導する低分子化合物の発見と創製:杉浦らは、独自のケミカルゲノミクススクリーニングの結果、抗腫瘍活性を有する化合物SK (Sugiura Kagobutsu)を多数同定し、悪性黒色腫(メラノーマ細胞)に対して選択的に細胞死(アポトーシス)を誘導し、細胞増殖阻害を示す低分子化合物としてAcetoxychavicol Acetate(ACA)誘導体ACA-28、ならびにオリゴスチルベノイドを発見、創製した。いずれの化合物もERKシグナル活性を調節する作用を見出した。一方、多発性骨髄腫選択的に細胞死を誘導する化合物として、Mangiferinを同定し、がん増殖を司るNFκB制御因子であるNIK阻害化合物として特許を申請した(西田ら)。
  • 増殖シグナルを制御する細胞表面膜たんぱく質を標的とした抗体医薬品シーズ: 益子らは、がん細胞で高発現するアミノ酸輸送体CD98/LAT、CD98/xCT 、あるいはHERファミリーHER3/4に対するモノクローナル抗体(mAb)医薬品の創製と開発に成功し、抗がん活性を報告するとともに、シスチントランスポーターxCT阻害剤(抗腫瘍剤)、および抗LAT1抗体医薬品に関する国際特許等を取得した。特にLAT1に関しては、カニクイザル前臨床試験を計画するなどめざましい進展があった。
  • 天然資源、食品からの抗がんシーズ探索: 閉経後乳癌治療薬(アロマターゼ阻害剤)シーズ、サポニンの示す口腔がん細胞増殖阻害効果、がん免疫に関わるケモカイン受容体選択的阻害活性を有するNeolignan、セスキテルペン、メープルシロップ由来の大腸癌増殖抑制物質などを発見した(森川、中山、多賀ら)。一方、同定された化合物の構造活性相関研究や物性検証に取り組み、より活性の高いリード化合物の創製や創薬支援基盤技術の確立にも成功した(杉浦、仲西、鈴木、前川、川﨑、木下ら)。(雑誌論文100件、図書3件、学会発表313件、報道1件、知的財産7件)
研究課題 (B) 癌・増殖シグナル制御メカニズム解析(リーダー西田)

癌の増殖・転移に関わるシグナル制御機構、抗がん剤抵抗性・副作用に関わる分子機構に焦点をあてた研究を行い、創薬・医療シーズを開発した。杉浦らは、増殖/生存シグナルを司るERK/AKTの上流で機能するProtein Kinase N3(PKN3)のノックアウトマウスを世界で初めて作成、報告し、PKN3ノックアウトマウスでは悪性黒色腫の肺転移と血管新生が劇的に低下することを報告した(新聞報道6件)。一方、医薬連携研究の成果として腫瘍免疫チェックポイントの重要な制御因子であるCCR4ノックアウトマウスを用いた解析も行い、CCR4が腫瘍免疫活性化の重要な標的分子であることを示した(中山)。また、癌化・ERKシグナルの制御因子・標的因子であるSH3アダプタータンパク質、プレニル転移酵素を同定し、ERK制御因子であるMAPKKK, Rho, RNA結合タンパク質の空間的制御機構と増殖シグナル制御機構を発見した(杉浦)。

  • 抗がん剤抵抗性に関わる分子機構に関しては、薬学部・医学部の連携研究の成果として、慢性骨髄性白血病(CML)治療薬であるイマチニブ耐性に関わるMETの遺伝子増幅を発見し、“CML治療薬”として特許出願を行った(西田、西尾)。また、H2S産生酵素であるシスタチオニンγリアーゼ(CSE)とCav3.2T型カルシウムチャネル阻害剤が「前立腺がんのホルモン療法抵抗性」克服に有効であることを見出した(川畑)。さらに、がん化学療法に伴う「末梢神経障害」「「出血性膀胱炎」を克服する医療シーズとして、Cav3.2T型カルシウムチャネル阻害薬RQ-00311651、壊死細胞から放出されるHMGB1中和抗体, RAGE拮抗の有効性を見出した(川畑)。ケミカルゲノミクスの手法を用いて、免疫抑制薬/抗がん作用を有するRapamycin副作用原因遺伝子に関するゲノムワイドな解析を行い、感受性遺伝子群に関するゲノムインフォマティクス解析を行った(杉浦)。
  • メタボロミクスを用いたがん独自の代謝制御、薬物メタボロミクス研究も推進し、癌抑制遺伝子である“ヒストン脱メチル化酵素KDM6A”欠損幹細胞を用いたKDM6Aの癌細胞脂肪代謝における役割の解明(岡田)、癌浸潤のプロテオミクス新規手法の開発と乳がんリンパ節転移に関わる新規分子の発見と特許出願(伊藤)、大腸癌診断マーカーの発見と特許出願(多賀)、がん幹細胞独自の代謝に関わる因子Oct4の機能(森山)、PKNノックアウトマウスの脂肪代謝メタボロミクス解析(杉浦、岩城)等の成果をあげた。(雑誌論文108件、図書7件、学会発表261件、新聞報道6件、知的財産4件)
研究課題(C) 臨床腫瘍検体を用いた創薬シーズのPOC研究と個別化医療(リーダー西田)

創薬標的分子のPOC: 杉浦はPKN3を創薬標的とした遺伝子ノックアウトマウスの作製を通して、PKN3が生体レベルでがん転移、血管新生に重要な役割を果たすことを証明した。岡田らは、DNA損傷修復に関わるヒストンシャペロンAPLF遺伝子ノックアウトマウスを作成し、治療関連白血病の発症が有意に抑制されることを証明した。即ち、PKN3, APLFががん転移/白血病の治療標的として有望であることを個体レベルで証明した。

個別化医療をめざしたバイオバンキングとクリニカルシーケンス: 西尾、伊藤らは、膨大な臨床検体のバンキングを開始し、医薬連携研究として「近大クリニカルシーケンス」と呼ばれるアプローチにより、次世代シーケンサーを用いた各種がん原因遺伝子の同定と臨床病理学データの集積、メガデータのデータベース化を進めた。

基盤整備に基づく臨床研究と産学連携

これらのゲノム医療と個別化医療に関するゲノム解析研究を軸として、Eli Lily、Boeringer、アステラス等の製薬企業との産学連携研究と橋渡し研究への基盤形成が達成されつつある。これらの成果として「がんの早期診断、薬効評価、薬剤耐性マーカー」に関する多数の論文と特許取得につながった。(雑誌論文109件、図書35件、学会発表166件、特許4件)

若手研究者、人材育成

これらの医薬連携研究推進の過程で、薬学部/医学部の若手研究者、薬学部創薬科学科の学部学生/大学院生が極めて積極的な役割を果たした。特に、研究成果発表を兼ねた国際学会(2016 ICPP12)における学部学生、大学院生によるYoung Investigator session、ポスター発表に対しては、若手の高い研究能力や研究成果のクヲリティが国内外から絶賛された。さらに、本プロジェクトに参画した若手教員の受賞5件、学部学生・大学院生の各賞受賞が36件にのぼるなど、本プロジェクトの目標の一つである「若手研究者の育成」が十分に達成されていることを示すものである。

研究成果の公表・情報発信

これらを総合して、本プロジェクトより得られた研究成果は、原著論文317報、学会発表740件、知財発表15件など、極めて高いアクティビティーを発揮することができた。 その他、3回の公開シンポジウム(うち1回は国際シンポジウム)と外部講師を招聘し、本プロジェクト主催/共済セミナー/講演会を3回/年程度開催した。

研究成果のアウトリーチ活動

アウトリーチ活動として、生涯教育研修会を開催し、臨床薬剤師、学部学生等に研究成果を公開、周知するとともに、「未来創薬医療セミナー」という名称で、近畿大学薬学部、薬学研究科、他学部大学院生を対象として最先端の創薬と医療への応用に関するセミナー・講演会を行った。また、国際学会においては、“高校生を対象とした特設ブース”を併設するとともに、高校生を聴衆として国際学会の講演、ポスターに招待した。 若手研究者育成: RAを行った学生は1名が学位を取得し、神戸薬科大学の助教としてアカデミアのポジションを取得するとともに、参画した大学院生の多くが各種製薬企業に就職し、臨床検査技師の資格を取得するなど、若手研究者、臨床研究者、創薬研究者の育成に貢献している。