工学で挑むSDGs

Message VOL.6

バイオプロセスは
ものづくりの
未来を担う要に

化学品、素材、繊維、燃料など、
多様な産業領域での活用が見込まれる
バイオの力。
社会課題と経済成長の両立を可能とする
バイオものづくりがイノベーションを
生み出します。

工学部 化学生命工学科
大学院システム工学研究科 システム工学専攻 生物化学コース
教授

松鹿 昭則

Akinori Matsushika

「食品プロセス工学研究室」を主宰。植物などの持続可能な循環資源から、微生物や酵素などの生体触媒の機能を利活用してバイオ由来製品の効率的生産をめざす研究に取り組んでいる。

  • 1 貧困をなくそう
  • 2 飢餓をゼロに
  • 3 すべての人に健康と福祉を
  • 6 安全な水とトイレを世界中に
  • 7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに
  • 8 働きがいも経済成長も
  • 9 産業と技術革新の基盤をつくろう
  • 11 住み続けられるまちづくりを
  • 12 つくる責任つかう責任
  • 13 気候変動に具体的な対策を
  • 14 海の豊かさを守ろう
  • 15 陸の豊かさも守ろう
  • 17 パートナーシップで目標を達成すしよう
松鹿 昭則 教授

工学部 化学生命工学科
大学院システム工学研究科 システム工学専攻
生物化学コース
教授

松鹿 昭則

Akinori Matsushika

「食品プロセス工学研究室」を主宰。植物などの持続可能な循環資源から、微生物や酵素などの生体触媒の機能を利活用してバイオ由来製品の効率的生産をめざす研究に取り組んでいる。

生物のもつ能力を引き出し、
地球にやさしい
バイオものづくりに感じた
大きな可能性と将来性

生物の持つ性質や働きを我々の生活に役立てるバイオテクノロジーは、これまで化学工業における有機合成技術とともに発展してきました。しかし、化学工業的に生産される化合物の製法は、高温や高圧など、生物にとって厳しい条件が重なります。そこで、環境に調和した“バイオものづくり”をめざし、生体触媒の機能を活かした多様なバイオテクノロジーの開発へと乗り出しました。研究を始めるにあたり、生体触媒に着目したのはいくつか理由があります。まず、生物が物質生産するバイオ合成法が、従来の化学合成法に比べ、常温・常圧・中性pH付近など比較的温和な条件下で進み、しかもきわめて選択性に富んでいる点です。また、生体触媒を用いたバイオものづくりでは、化学プロセスと比べて省エネルギーで、分子量が大きく構造が複雑な化合物の製造が可能です。さらに、原料を化石資源に依存しないバイオマスからの物質生産も可能です。このように、環境負荷が高く、化石資源を多く使うものづくりからバイオによるものづくりに転換すると、そこには多くの価値が生まれます。これこそが、これからのバイオものづくりの大きな可能性と将来性を感じた所以です。

松鹿 昭則 教授

農学出身で、以前は大腸菌の情報伝達や植物の時計遺伝子の研究などを行ってきました。その頃から微生物や遺伝子を実験材料として扱ってきましたが、今は工学というものづくりの立場でそれらを有効に活用しています。

生体触媒という言葉を出しましたが、そもそも触媒とは、あるものからあるものへの変換(反応)を手助けする(促進する)物質のことをいいます。生体触媒は酵素タンパク質や微生物、植物細胞などを指していて、それらの機能を物質生産に応用したものが、いわゆるバイオプロセスと呼ばれています。私が具体的に生体触媒として研究対象にしているのは、産業酵母などの有用微生物です。それらを遺伝子レベルで育種改良し、各種の化学品原料、バイオ燃料などを効率的かつ低環境負荷で生産するための基礎研究を行っています。バイオテクノロジーが注目されてから数十年経ちますが、その間に社会情勢は大きく変化し、環境への影響に対してとてもシビアになりました。本研究で開発した生体触媒は、ものづくりだけでなく、排水処理による水質浄化や、廃棄物処理、リサイクル技術への活用をはじめ、化学業界や食品業界など、さまざまな産業分野へ展開できる技術でもあります。

酵母など微生物がエネルギー源として消費する糖質や微生物が作り出す化合物を分析する装置。

酵母など微生物がエネルギー源として消費する糖質や微生物が作り出す化合物を分析する装置。食品の栄養成分の分析にも使用することがあります。

研究テーマとして、例えば酵母を研究対象にしたものでは、「キシロース発酵性の付与と改善」や、「高温発酵系の構築と高温耐性の強化」など、いくつか並行して進めています。要は、生き物(酵母)の力を借りながら、植物由来の資源を用いて製造されるバイオエタノールや、バイオ(ポリ乳酸)プラスチックの原料となる乳酸などの有用物質を高生産するための発酵技術の開発に関する基礎研究であり、そのための遺伝子改良も行っています。実際、産業用途に応用可能な、環境ストレスに耐性を付与する遺伝子の単離・同定に成功していますが、例えば耐酸・耐塩性の向上に寄与する遺伝子やそれを活用した物質生産方法など、特許が認定された研究成果も数多くあります。一方で、これら環境ストレス耐性に関連する遺伝子はまだまだ機能未知なものが多く、その働きなどを解明できれば大きな発見となります。基礎研究の醍醐味はまさにそこですが、私の興味は基礎研究だけでなく、その先の応用にもあります。この研究は社会的にどのように役に立つのかを明確にして説明できるように、目的や背景をふまえた応用的観点を常にセットで考えるようにしています。

(左)酵母細胞を蛍光光学顕微鏡で観察したもの。(右)スポットアッセイにより各種酵母の生育度合の違いを調べた寒天培地プレートの写真。

(左)酵母細胞を蛍光光学顕微鏡で観察したもの。お酒や発酵食品にも利用されている酵母は丸形やたまご形でとても愛嬌のある形をしています。
(右)スポットアッセイ(段階的に希釈した酵母の培養液の液滴を寒天培地上で培養する実験)により各種酵母の生育度合の違いを調べた寒天培地プレートの写真。

では、この研究が実際にどのように社会に役立てられるのか。それは、先にも述べた廃棄物処理、排水処理といった環境浄化から、素材、エネルギー、化学品の製造など、実に幅広い展開が見込まれているのですが、一番の魅力はやはりCO₂排出量の削減につながる新たな物質生産法という点ではないでしょうか。従来の化石燃料を原料とした製造プロセスではなく、カーボンニュートラル発想のバイオテクノロジーは、脱炭素と持続可能なものづくりをめざす社会と合致した技術です。これは世界共通の認識であり、日本においても、「2030年に世界最先端のバイオエコノミー社会を実現する」という目標が掲げられています。つまり、「バイオファースト」の発想で、まずバイオでできることから考え、行動を起こせる社会を実現するというものです。また日本では、「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」おける重点分野のひとつであるカーボンリサイクル・マテリアル産業の中の一つの項目として、バイオものづくり技術の活用が位置づけられています。今後、バイオものづくりは合成生物学、IT・AI技術などと融合し、さらなる市場規模の拡大と、次世代の産業基盤となることが期待されているのです。

バイオファーストへと向かう時代に
さらに良い方向へと導く技術革新を生み出したい

高度経済成長で産業は飛躍的に発展し、我々は生活に便利なものを手にしました。しかし、スピード感が求められるあまり、ますます要求される条件は厳しくなり、地球環境は疲弊しています。そんな中で酵母に目を向けると、自身の持つ力でゆっくりですが着実に反応を進める姿に癒されることもあります。研究者として、基礎分野のみならず実用化に近いところで成果をあげていくことはもちろん重要ですが、時間をかけてでも酵母の分子育種による改良を確実に進めていき、過酷な環境でも酵母の物質生産能力を最大限発揮できるように、ひとつひとつ技術を積み重ねていくことが大事だと感じています。これからも多様なニーズに応じた酵母の育種改良に励み、効率的で環境にやさしいものづくりを視野に研究を続けていければと思っています。これによって生み出される多様な研究成果を蓄積し、持続可能な社会の構築につながる革新的技術の創出に貢献していきたいと考えています。

松鹿 昭則 教授