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電磁界シミュレーションの可能性
~ワイヤレス給電の飛躍的な普及を目指して~

菅原 賢悟 講師

菅原 賢悟
近畿大学理工学部 電気電子工学科 講師
  • 教員の所属・職位については、記事公開時のものです。現在の所属・職位とは異なることがあります。ご了承ください
モバイル端末に残る充電の煩雑さ

無線技術の進歩に伴い、多種多用の便利なモバイル端末が普及しています。
しかし現在の端末機器は機能的な利便性は高まっているものの、未だ充電の問題が残っており、電池切れで苦労している人は非常に多いはずです。
2006年11月にマサチューセッツ工科大学 (MIT) は、電磁界共鳴を用いたワイヤレス給電技術の実用化の可能性を発表しました。電磁界の共鳴を用いることにより、比較的離れた距離においても高効率で送受信が可能であるため、各研究機関において実用化の研究が行われています。こうしてワイヤレス給電の研究が進めば、将来は充電を気にせず利用可能なモバイル端末が実現する可能性も充分にあります。

図解

電磁界シミュレーションの必要性

電磁界を数値的にシミュレーションする研究は1960年代に始まりました。そしてここ数十年間のコンピュータの発展は著しく、かつてはスーパーコンピュータでしか計算できなかったようなシミュレーションでさえ、今や汎用のパソコンでも可能になりつつあります。こうして2000年以降には電気機器の設計現場においても電磁気シミュレーションの技術が導入され、机上検討を行うことにより、設計試作の回数を減らす、すなわち開発期間の短縮やコスト削減のために活用されています。
当研究室(電磁気応用研究室)は、電気学会の「電磁界解析の高度化技術調査専門委員会」に属しており、後出の村田製作所の新製品に私たちの研究成果が実装される事例のように、電磁界シミュレータベンダーも加わった中で、主に電磁界解析技術の高度化に寄与しています。

ワイヤレス給電における電磁界シミュレーション

ワイヤレス給電の設計においては、2つの重要な特性(1)電力伝送効率、(2) 漏洩電磁界強度を念頭に置かなければいけません。まずその特性について簡単に説明をすると

  1. 電力伝送効率
    現状のワイヤレス給電の電力伝送効率は80%~95%であり、この要因は導体による損失、誘電体による損失、磁性体による損失、そして放射による損失が挙げられます。もちろん、伝送効率は高いほうが望ましいことは言うまでもありません。
  2. 漏洩電磁界強度
    電波の利用に関して定められた電波法や、そもそも人体に与える影響への配慮により、受電装置外に放射される電磁界強度は厳密に規制されています。ですから大電力を送電しようとすると、その際に生じる放射電界強度を下げることが必要になってきます。

当研究室では、ワイヤレス給電の上記の2つの重要な特性を電磁界シミュレーションで計算する技術を研究しています。
ワイヤレス給電に用いられる周波数は数十kHz~数MHzであり、これは従来通信に用いられてきた数100MHzと比べると低周波ということになります。そのため、計算領域端部の境界条件に高周波を前提とする従来法を適用すると、正しく計算できません。そこで、当研究室ではImprovised Absorbing Boundary Condition(IABC)という方法を改良し、従来法では正しく計算できなかった電力伝送特性を正しく計算させることに成功しました(下図)。また、当研究室で開発した計算領域端部からの誤差を補正する「摂動近似法」は、2015年度エレクトロニクス研究会 優秀論文として表彰されました。これは村田製作所のFEMTET®というCAEソフトの次期バージョンに実装される予定です。

FEMTET®の製品情報

ワイヤレス給電装置の電力伝送特性の図

ワイヤレス給電装置の電力伝送特性の図

ワイヤレス給電装置の電磁場分布の図。左端:補正前/右端:補正後

ワイヤレス給電装置の電磁場分布の図。左端:補正前/右端:補正後

メッセージ

私たちの研究室が手がけているワイヤレス給電の電磁界は、無線通信機器で使用される高周波と、モーターなどで発生する超低周波の間に位置する中間周波数領域で、これまであまり積極的に手がつけられなかった分野と言えます。電磁界シミュレーション技術自体は、私の主観ではおよそ80%が技術的にも完成されていますが、残りの20%の未解明の課題には、中間周波数帯域における電磁界シミュレーション技術が多く含まれていると考えています。

そこで、この残り20%を研究し解明していくことで電磁界を完全に掌握し、技術的に利用することが可能にすることで,電磁界に関わる製品技術開発がより安く、広範囲に普及して行く助けになると考えています。

近年、大学で学んだことも結局は世の中の役に立たないだろうと考えている学生が多く見受けられますが、例えば私たちの取り組んでいる電磁界シミュレーション技術も、原理的には1800年代に生まれたMaxwell方程式から出発していて、これは電気電子工学の学部で習う電磁気学そのものです。
学生には学部の勉強は、電気電子工学の基礎であることを忘れずに、真面目に取り組んで欲しい。そこから、世の中の役に立つ分野への糸口を、自ら見つけて欲しいと思います。

伝送特性

用語解説
ワイヤレス給電とは 電力を無線で送受信すること。無線通信とは異なり、大電力を無線で送るため、より高い効率や他の機器へ影響を与えないことが求められている。
電磁界シミュレーションとは 電磁界を支配する方程式はMaxwell方程式である。しかし、数学的に解けるMaxwell方程式の解は単純な構造に限られている。コンピュータを駆使して、電磁界を数値的にシミュレーションすることを電磁界シミュレーションと呼ぶ。
電力伝送特性とは 送信コイルから受信コイルに伝わる電力の割合のこと。特に周波数を変化させると大きく変化し、共振周波数と呼ばれる特定の周波数においてピーク値を持つ。
菅原 賢悟
電気電子工学科 講師

所属: 学科 / 電気電子工学科  専攻/ エレクトロニクス専攻
研究室: 電磁気応用研究室

略歴 1999年 慶応大学 理工学部 物理学科 卒業
2001年 京都大学 理学研究科 物理学第一教室 終了
2001年 三菱電機株式会社 先端技術総合研究所 入社
2007年 法政大学 システムデザイン研究科 博士(工学) 取得
2014年 近畿大学 理工学部 電気電子工学科 講師
受賞 2016年 2015年度EST研優秀論文発表賞

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