
Message VOL.11
工学部 化学生命工学科
教授
櫻井 敏彦
Toshihiko Sakurai
「生体分子化学研究室」所属。ペプチド医薬や人工核酸を使った創薬など、生体分子化学を応用した創薬モダリティなどについて研究・開発する。


細胞へのパスとなる「ペプチド」
アミノ酸がつながった「ペプチド」。櫻井先生は、特定の配列を持つペプチドが、細胞の中へスルスルと入り込み、細胞内部や核へ直接アクセスする性質に着目。「薬を届けるシグナル」を人工的に作り出し、副作用の少ない次世代の医薬を開発しています。
遺伝子の“誤字“を見つけ出す
「人工核酸」
がんや遺伝性の病気は、遺伝情報のほんの少しの間違い(変異)から起こることがあります。櫻井先生の研究は、この“誤字“を見つけ出し、ピタッと貼り付いてその後の機能を正す「人工核酸」を作ること。それはまさに、生命の設計図を相手に治療法を開発する挑戦です。
※体の中にある特定の分子(タンパク質など)を見つけ出すために“目印”をつけた分子のこと。検査や病気の早期発見に使われます。
私の専門は生体分子化学です。人間の体を構成している分子には、タンパク質、核酸、脂質、糖質があり、これらがそれぞれ人間の生理機能を担っています。私は、それらの分子を有機合成の技術を駆使して改変しつつ作り直し、医薬や病気を検出するプローブなどを開発する研究を行っています。もともと専門は有機合成で、医療系がテーマだったわけではありません。しかし、自分が設計・開発した有機分子が、核酸医薬や病因物質の検出剤として応用できるか確かめたいという思いから、現在の研究フィールドにたどり着きました。たとえば、細胞膜は脂質の化合物でできています。脂質は何もしなくても細胞の形をとるという面白い性質(自己組織化)を持っており、この特性を利用しながら従来の分子よりも高性能なものを設計・開発する研究を行っています。もともと人間の体に存在する分子をベースにしているため、拒絶反応が極めて抑えられるという点は、新たな医薬開発などの医療分野にとって特に大きなメリットとなります。
身近な生体分子である“ペプチド”は、合成機で非常に簡便に合成できます。一方で、研究を進める上で最も大きな課題は、切磋琢磨できる環境をいかに構築するかです。自己満足的な推進ではなく、多くの学生や研究者と議論を重ね、何をめざすのか、何を実際に行うのか、どのように理解・解釈していくのかを常に確認しながら進める必要があります。
研究テーマのひとつに「ペプチド医薬の研究」があります。ペプチドとは、アミノ酸が連なった「短いタンパク質」のことで、体内ではホルモンや神経伝達物質として機能するほか、食品・化粧品・サプリメントなどでも機能性成分として広く利用されています。ペプチドは、多くの種類のアミノ酸がつながってできる化合物で、その組み合わせはほぼ無限です。そのため、とても優れた働きをもつ一方で、まだ解明されていない部分も多い分子です。アミノ酸の配列を少し変えるだけで、体内での働きや効果が大きく変わることが知られており、現在も多くの製薬会社が、どのような組み合わせでどんな効果を引き出せるかを研究しています。私たちの研究では、細胞に作用する“シグナル機能”を持つペプチドについて研究しています。この機能により、薬をガン細胞や脳の神経細胞といった標的に正確に運ぶことができ、将来的にはより効果的で副作用の少ない治療に応用することが期待されています。
体の中で壊れた組織を修復するために、海産廃棄物から抽出した生体分子を細胞の足場として利用することで、再生医療に役立つ材料を開発する研究も行っています。
近年は、難治性がん疾患を標的とした「核酸創薬」に最も力を入れて研究しています。核酸医薬は、ペプチド医薬に続く“次世代の新しい医薬品“といわれており、DNAやRNAといった遺伝子そのものを標的にできるのが大きな特徴です。ペプチド医薬が細胞レベルで働くのに対し、人工核酸医薬はもう一段深い“遺伝子レベル”で作用するといえます。私の研究室で使っている人工核酸はちょっとユニークで、ペプチドの性質と遺伝子情報をあわせ持つ「ハイブリッド分子(ペプチド核酸)」です。同じ大腸がんでも、治る方がいる一方で、残念ながら命を落とされる方もいるのを不思議に思ったことはありませんか?その違いの一因は、遺伝情報(DNAの塩基配列)のほんの一か所が変化しているかどうかにあります。このようなわずかな変化を「遺伝子変異」と呼びますが、私たちはこの遺伝子変異を標的とする、新しい核酸分子を設計・合成して、治療薬としての可能性を研究しています。
実は、私たちがターゲットにしている難治性がんに対して効果のある薬は、現在のところ世界にほとんどありません。しかも、それは特定のタイプの遺伝子変異にしか効かないのが現状です。私たちが独自に発想し、設計・合成した核酸医薬は、DNAの“たった1つの塩基の違い”を見分けることができるよう設計されています。これにより、より多くのタイプの遺伝子変異に対応し、病気の原因となる遺伝子を正確に狙い撃ちすることができます。この技術が確立すれば、さまざまな難治性がんへの応用が期待できるだけでなく、アルツハイマー病など、現在も決定的な治療法がない疾患にも新しい治療の道を開くかもしれません。分子をデザインして機能を生み出すことは化学ならではの面白さであり、魅力です。そして何より、「これまで治せなかった病気に挑戦できる」ということこそ、私たち研究者にとって最大のモチベーションなのです。
有機合成にはさまざまな分野があり、その成果は私たちの日常生活のあらゆる場面で活用されています。応用を目的とした学問としてすでに非常に成熟している分野だからこそ、研究者一人ひとりの発想やアイデアが生きる魅力があります。私は医療分野を舞台に研究を進めていますが、本質的には「自分が設計・合成した分子がどこまで機能を発揮できるのか」を確かめたいという純粋な好奇心が原動力です。研究の世界は広大で、心を惹きつける未知にあふれています。だからこそ、好奇心を持ち続け、あきらめずに挑戦し続ける姿勢こそが、結果につながると感じています。ただし、やりたいことを追求するには代償が伴い、成果と過程には責任が伴います。これは、SDGsの目標に掲げられている「つくる責任、つかう責任」という考え方にも通じます。今後も、研究の意義と独創性を大切にしながら、社会的な影響を見据え、代償を最小限に抑えつつ未来に還元できる研究をめざして、目の前の現象と真摯に向き合っていきたいと考えています。
※掲載内容は取材時(2025年度)のものです。