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「ソリトン」から「弦理論」へ
可積分系のさまざまな顔と包容力の解明。

高崎 金久 教授

高崎 金久
近畿大学理工学部 理学科 教授
ソリトン

私の研究テーマは「可積分系」ですが、じつは可積分系にもさまざまな種類があります。私がおもに研究してきた種類の可積分系は1960〜70年代の「ソリトン」の研究から生まれたもので、「ソリトン方程式」とも呼ばれます。
ソリトンの研究は19世紀前半にまで遡ります。その頃、造船技術者スコット-ラッセル(John Scott-Russel)が運河を一定の形と速度で伝わる山形の「孤立波」に興味を持って、水槽で実験を行い波の形と速度の関係を表す実験式を得ました。それを説明する理論的な方程式として、19世紀末までに「ブシネ方程式」や「KdV方程式」などが提案されましたが、これらの方程式は非線形偏微分方程式であり、当時はこのような方程式を扱う数学的手法が未発達でした。
1960年代後半に、非線形格子振動というまったく別の方向からこれらの非線形波動の方程式に関心が集まり、コンピュータによる数値計算で孤立波の興味深い振る舞いが明らかになって、これらの孤立波は「ソリトン」と命名されました。それを契機として研究が飛躍的に進展することになったのです。

図:ソリトンの波形

図:ソリトンの波形

図:初期時刻の正弦波(左)からソリトンの列が現れる(右)

図:初期時刻の正弦波(左)からソリトンの列が現れる(右)

ソリトンの特徴

ソリトンは安定していて、複数のソリトンが互いに衝突しても、また分かれて個性を保ち続けるという意味で、粒子性をもちます(「オン」という語尾は粒子性を表しています)。物理的には、このような解の存在は方程式の非線形性(波を集中させようとする性質)と分散性(波を散らばらせようとする性質)がバランスを取り合った結果であると解釈されます。1個のソリトンを理解するだけならば、このような粗っぽい見方でもいいのですが、複数のソリトンが衝突しながら個性を保つことの背後には、もっと巧妙な数学的からくりがあるはずです。そのからくりが解明される過程で、ソリトン方程式に対して非線形波動とはまったく別の視点からの研究(私の研究もそこに属します)も行われるようになりました。
近年では水面のように2次元的に広がった空間を伝わるソリトンが関心を集めています。そこでは「KP方程式」(別名2次元KdV方程式)などがモデル方程式として用いられます。この場合のソリトンは直線的に広がった波面をもつ波で(その意味ではもやは「粒子」ではありません)、互いにある角度で交差しながら進むことが衝突に相当します。この交差する波面のパターンは水面の波として日常的に目にするものですが、最近ではその構造や時間的変化を高度な組合せ論的概念によって説明する試みも行われています。

図:2つのソリトンの衝突(左上は衝突前,右上〜左下は衝突中,右下は衝突後)

図:2つのソリトンの衝突(左上は衝突前,右上〜左下は衝突中,右下は衝突後)

図:2次元空間のソリトン

図:2次元空間のソリトン

非線形性の背後の線形性

KdV方程式・ブシネ方程式・KP方程式などが多数のソリトンの共存する解(多ソリトン解)をもつからくりは「非線形重ね合わせ」と呼ばれます。これらの方程式は非線形なので、線形微分方程式のように解の線形重ね合わせを行うことはできないのですが、じつは背後に隠れた線形構造があり、一種の重ね合わせができるのです。その結果として、たとえば多ソリトン解は行列式を用いて表すことができます。この場合に限らず、可積分系の理論では至る所に行列式が登場するので、線形代数的な公式や技法は非常に重要です。
多くの可積分系は「ラックス方程式」という表現形式をもちますが、ラックス方程式もこの隠れた線形構造と関係しています。この線形構造は「補助線形方程式」と呼ばれるもの(KdV方程式などの場合には線形偏微分方程式系)によってもたらされます。この補助線形方程式を用いて、1960年代から1970年代にかけて「逆散乱法」などのさまざまな手法が開発されました。
1980年代初めに、この線形構造の背後により基本的な線形構造が見出されました。この新たな線形構造は場の量子論、リー群やリー代数の表現論、グラスマン多様体などの幾何学と関わっています。

図:線形性(左)と非線形性(右)

図:線形性(左)と非線形性(右)

古典物理の背後の量子物理

19世紀には、剛体や質点の力学の解ける模型がいくつも見出されました。これらはもちろん古典力学の可積分系です。その意味ではソリトン方程式も古典物理のモデル方程式です。これらは「古典可積分系」と総称されます。
しかし、KdV方程式の補助線形方程式はある意味でシュレディンガー方程式と解釈できますし、ラックス表示はハイゼンベルグ方程式のような形をしています。シュレディンガー方程式もハイゼンベルグ方程式も量子力学の基本的な方程式です。このように、ソリトン方程式の補助線形方程式は量子力学と共通する特徴をもちます。
このような量子力学との類似性に加えて、1980年代初めにはソリトン方程式の研究に場の量子論の道具が持ち込まれました。ソリトン方程式の解は「τ(タウ)函数」と呼ばれるもっと基本的な函数で表せます。ソリトン解の説明の際に触れた行列式はこの意味でのτ函数です。場の量子論の道具を使えば、一般の解のτ函数を表す公式も得られます。
τ函数を表す公式には量子論的粒子である「フェルミオン」の理論が用いられます。これはソリトン方程式に新たな粒子像をもたらすものです。フェルミオンの状態は粒子が箱を占拠していることを模式的に表す「マヤ図形」で表現されます。このマヤ図形は表現論や組合せ論で用いられる「ヤング図形」と呼ばれる図式とも対応しています。
もともと水面の波などのモデル方程式として導入されたものの中に、このような構造が隠れていたのです。1980年代初めのこの驚くべき発見によって、ソリトン方程式の研究は新しい段階を迎えることになりました。私が可積分系研究の道に入ったのはまさにこの頃です。

図:マヤ図形(上)とそれに対応するヤング図形(下)

図:マヤ図形(上)とそれに対応するヤング図形(下)

代数構造や幾何構造との関わり、可積分階層の構築

装いを新たにしたソリトン方程式の研究では、それまでとまったく異なる視点からソリトン方程式を眺めることになりました。
第一に、方程式の解全体の空間には巨大な「対称性」があることがわかります。この対称性はリー群やリー代数などの代数構造によって実現されます。方程式の解の時間的変化や非線形重ね合わせもこの対称性の一部として理解できます。解空間の無限小対称性は無限次元リー代数の構造をもち、表現論の観点からもきわめて興味深いものです。
第二に、解全体の空間は「グラスマン多様体」のような幾何構造をなすことがわかります。これに伴って、解の構造や方程式自体の構造も幾何学的な言葉で説明できます。たとえば、τ函数は「広田方程式」とも呼ばれる一連の「双線形方程式」の解なのですが、この双線形方程式はグラスマン多様体を特徴付ける「プリュッカー関係式」を微分方程式の言葉に翻訳したものにほかならないのです。
このような見方はさまざまなソリトン方程式を統一的に扱う枠組みとして「可積分階層」の構築も促しました。KdV方程式には隠れた可換な対称性を微分方程式として表現する「高次KdV方程式」の系列が存在します。これらの方程式全体を連立方程式系とみなしたものを「KdV階層」といいます。KP方程式に対しても同様の「KP階層」がありますが、KP階層はKdV方程式やブシネ方程式を含んでいるので、より普遍的な枠組みと考えることができます。私はKP階層にならって、戸田格子(これもよく知られたソリトン方程式です)を含む可積分階層として「戸田階層」を導入しました。この戸田階層が現在に至るまで私の主要な研究対象の1つになっています。

図:プリュッカー関係式をマヤ図形で表す

図:プリュッカー関係式をマヤ図形で表す

ゲージ理論や弦理論との関わり

可積分系は数学や数理物理学のさまざまな分野とつながりをもち、理論的な研究だけでなく、応用面の研究も行われています。私は長年、可積分階層とゲージ理論や弦理論との関わりに関心を持ってきました。これは可積分系の応用の一種として位置づけられます。
可積分系のゲージ理論や弦理論への応用は過去20数年にわたって多くの人々によって研究され、ランダム行列、非臨界弦理論、超対称ゲージ理論、超弦理論、位相的弦理論…というようにテーマを変えながら進展して、現在に至っています。私もこの中のいくつかのテーマに取り組んできました。最近10年近くは「溶解結晶模型」や「位相的頂点」という概念を可積分階層の観点から理解する試みを続けています。
溶解結晶模型は超対称ゲージ理論とも関係する統計力学的模型の一種で、ヤング図形の3次元版である「3次元ヤング図形」によって定式化されます。3次元ヤング図形を断面(普通のヤング図形になります)に切り分けることによってこの模型の「分配函数」が計算できますが、その際にフェルミオンが用いられます。位相的頂点はある種の図形(ウェブ図形・トーリック図形)から位相的弦理論の「振幅」を計算する方法ですが、そこにもフェルミオンやヤング図形が関係します。そして、これらの計算の中からふたたびKP階層や戸田階層などの可積分階層が現れるのです。現在、私は物理学者と協力してこの方向の研究を進めていますが、まだまだ新たな発見があると期待しています。

図:角が溶けた結晶(左)とそれに対応する3次元ヤング図形(右)

図:角が溶けた結晶(左)とそれに対応する3次元ヤング図形(右)

図:位相的頂点による振幅計算で用いられる図形

図:位相的頂点による振幅計算で用いられる図形

メッセージ

可積分系の分野全体を眺めれば、1990年代以降は「量子可積分系」の研究が盛んです。古典可積分系に関しても、10年あまり前に登場した「離散可積分系」や「ソリトンセルオートマトン」などの新顔が今や主役の座を占めるなど、私が研究を始めた1980年代初めとは状況が様変わりしています。ソリトン方程式も、もやは「ソリトンの方程式」ではなくて、「弦理論の方程式」であったりします。可積分系はそれだけ包容力のある概念です。

可積分系の研究を通じて得た教訓の一つは、あまり目先のことにとらわれないで、10年先に目を向けるべきだということです。「10年先のことを予見せよ」と言っているのではなくて、10年経っても価値を失わない(と思われる)ことを身につけて、「10年後の変化に備えよ」という意味です。今は少々流行遅れに見えても、じつは10年後の流行を先取りしているかも知れないのです。

授業風景

用語解説
KdV方程式とKP方程式とは それぞれ、Korteweg-de Vries方程式とKadomtsev-Peviashvili方程式の略。Diederik KortewegとGustav de Vriesはともに19世紀から20世紀にかけて活躍したオランダ人だが、Boris B. KadomtsevとVladimir I. Petviashviliは旧ソビエト連邦の学者である。この例に象徴されるように、1970年代以降、旧ソビエト連邦・現ロシアは可積分系研究の中心の1つになった。
戸田格子とは 日本人物理学者の戸田盛和が導入した可積分系。1次元的に並ぶ質点がバネで結ばれた連成振動系だが、バネはフックの法則に従わず、指数函数的な非線形性をもつ。戸田格子の発見は日本が可積分系研究の中心の1つとなるきっかけとなった。
ラックス方程式と広田方程式とは それぞれPeter Laxと広田良吾の名を冠するが、KdV方程式などの特定の方程式の名称ではなくて、さまざまな方程式に用いられる共通の表現形式の名称である。Laxは米国人、広田良吾は日本人である。1960年代後半のソリトン方程式の研究を主導して以来、米国も可積分系研究の中心の1つである。
非線形性とは フックの法則はバネを引く力に比例した長さだけバネが伸びることを意味している。これは典型的な線形法則である。戸田格子のバネは伸び方が力の指数函数になるので、非線形である。同様の意味で非線形性をもつものとして振り子がある。
弦理論とは 一般向けの解説では「ひも理論」と呼ばれることが多いが、出版社からそのように書くように依頼されない限り、専門家は「弦理論」という。ふにゃふにゃした「ひも」よりも楽器に張られた「弦」の方がイメージに近いからである。
高崎 金久
理学科 教授

所属: 学科 / 理学科 数学コース  専攻/ 理学専攻
研究室: 可積分系研究室

略歴 1984年3月 東京大学大学院理学系研究科修了 理学博士
1984年4月 埼玉大学理学部助手
1985年10月 京都大学数理解析研究所助手
1991年4月 京都大学教養部助教授
1992年10月 京都大学総合人間学部助教授
2003年4月 京都大学大学院人間環境学研究科助教授
2004年1月 京都大学大学院人間環境学研究科教授
2014年4月 近畿大学理工学部教授
受賞 1998年 Daiwa Adrian Prize (9名の共同受賞)

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