世界初!糖尿病の劇症化に関わる遺伝子を発見 オールジャパンで「劇症1型糖尿病」発症メカニズムの解明に挑む
2018.12.27
- 医
池上 博司教授
この共同研究の成果は、糖尿病の研究分野では最高峰とされる米国糖尿病学会の機関誌「Diabetes」に掲載される予定です。これに先立ち、平成30年(2018年)12月14日(金)に、論文原稿が「Diabetes」オンライン版で公開されました。
これにより劇症1型糖尿病に対する新たな予防法・治療法の確立が期待され、糖尿病患者にとって非常に大きな朗報となります。
【本件のポイント】
●東アジアに多い劇症1型糖尿病に関する研究をオールジャパンで実施
●全ゲノム関連解析(※1)により、1型糖尿病の劇症化に関与する遺伝子を世界で初めて特定
●劇症1型糖尿病の新たな予防法や治療法への応用を期待
【本件の概要】
近畿大学医学部内科学教室(内分泌・代謝・糖尿病内科部門)がチームリーダーとなり日本糖尿病学会1型糖尿病委員会で行った共同研究において、全ゲノム関連解析という網羅的解析法を駆使し、劇症1型糖尿病において、従来候補遺伝子解析で報告されていたHLA遺伝子(※2)に加えて、12番染色体長腕のCSAD/Lnc-ITGB7-1という領域に第2の遺伝子があることを世界で初めて明らかにしました。本研究成果は、未だ発症の原因が明らかでない「特発性」の1型糖尿病である劇症1型糖尿病の発症メカニズムの解明に寄与するとともに、本疾患の予知・予防・根治療法の構築につながることが期待されます。
【本件の背景】
1型糖尿病はインスリン注射を毎日続けなければ生命を維持できない重篤な糖尿病です。なかでも特に激烈なのが劇症1型糖尿病で、数日の経過で自分のインスリンが全くなくなってしまうために、治療の開始が遅れると死に直結する重篤な疾患ですが、発症のメカニズムは明らかにされていません。そこで、劇症1型糖尿病になりやすい体質を決定する遺伝子を同定し、その働きを明らかにすることによって、発症メカニズムの解明と予防・治療対策に役立てるために本研究を行いました。
【研究詳細】
平成20年(2008年)から平成30年(2018年)にかけて本学をはじめとする日本糖尿病学会1型糖尿病委員会所属の国内18施設で行った共同研究により、全ゲノム関連解析という網羅的な解析法を駆使して、この病気の発症に関与する遺伝子が12番染色体長腕のCSAD/Lnc-ITGB7-1という領域にあることが明らかになりました。この遺伝子は一般的な自己免疫性1型糖尿病とは関連を示さず、劇症1型糖尿病だけと特異的に関連することから、「劇症」という重篤な発症経過・病態を規定する重要な遺伝子と考えられます。
1型糖尿病はインスリン産生細胞である膵臓ランゲルハンス島のβ細胞が破壊されて発症する糖尿病です。自分自身のインスリンがなくなるため、定期的なインスリン注射を続けなければ生命を維持できない重篤なタイプの糖尿病です。
1型糖尿病の中でも特に重篤なのが劇症1型糖尿病です。数日という極めて短期間で膵β細胞が完全に破壊され、治療開始が遅れると直ちに昏睡から死に至る激烈なタイプの糖尿病です。通常の1型糖尿病が膵β細胞に対する自己免疫で発症する「自己免疫性1型糖尿病」であるのに対して、劇症1型糖尿病は発症のメカニズムが未だ解明されていないため「特発性1型糖尿病」に分類されています。発症経過や病態が激烈・重篤であることに加えて、原因が必ずしも明らかでないことが、根本的解決と適切な対策を阻害しています。発症にかかわる遺伝子を特定し、その機能を解析した今回の研究は、このような問題点を解決し、劇症1型糖尿病対策に大きく役立つものと期待されます。今回の研究で同定した遺伝子領域の塩基配列を詳細に解析した結果、遺伝子の構造そのものが原因ではなくて、この遺伝子が近傍にあるITGB7という分子(※3)の発現量を変化させることで劇症1型糖尿病の発症に関与している可能性が高いことが明らかとなりました。
【今後の展開】
今回同定した遺伝子とその機能に関する情報は、劇症1型糖尿病の予知・予防・根本治療の確立に役立つものと期待されます。今年のノーベル生理学・医学賞の受賞理由となり話題のガンの免疫療法(免疫チェックポイント阻害薬)ですが、この治療にともなって1型糖尿病、特に劇症1型糖尿病を発症することが最近注目されています(※4)。今回の研究成果は、このような劇症1型糖尿病の対策にも役立つことが期待され、ガンの免疫療法をより安全・確実に行うことにつながる可能性があります。
【用語解説】
※1 全ゲノム関連解析
ヒトゲノム全体に満遍なく配置した多数の遺伝子マーカー(今回の研究では60万個)を網羅的にタイピングして、病気を持つ人たちと健常な人たちで頻度に違いのあるマーカーを見つけることにより、病気に関連する遺伝子を同定する方法。従来は、病気の発症メカニズムから推察して、「このような遺伝子が病気に関連するだろう」という遺伝子(候補遺伝子)を解析する方法で研究が行われてきました。しかし、劇症1型糖尿病のように発症機序が未知の病気では限界があります。全ゲノム関連解析を用いることで、発症機序が明らかでない「特発性」の劇症1型糖尿病でも遺伝子を同定することができました。
※2 HLA遺伝子
免疫反応において中心的な役割を担う遺伝子。この遺伝子からつくられるHLA(Human Leukocyte Antigen)は白血球の血液型ともいわれ、病原体に対する免疫応答や臓器移植の時の拒絶反応などにおいて中心的な働きを担っています。自己免疫疾患や免疫関連疾患の多くがHLA遺伝子と関連を示し、1型糖尿病でも関連が報告されています。
※3 ITGB7
免疫を担当する白血球などの表面に発現し、免疫細胞が標的細胞にむけて移動したり、接着したりする時に働く分子の構成成分。今回同定した遺伝子は、この分子の発現を増やすことで1型糖尿病の劇症化に関与している可能性が考えられます。この分子に対する抗体が、別の免疫関連疾患である潰瘍性大腸炎の治療に最近臨床応用されました。
※4 免疫チェックポイント阻害薬による1型糖尿病の副作用については、厚生労働省や各学会から注意喚起が行われています。詳細は下記ホームページよりご確認ください。
日本糖尿病学会ホームページ「免疫チェックポイント阻害薬に関連した1型糖尿病ことに劇症1型糖尿病の発症について」
〈http://www.jds.or.jp/modules/important/index.php?page=article&storyid=58〉
【研究者プロフィール】
池上 博司
所 属:内科学教室(内分泌・代謝・糖尿病内科部門)
職 位:教授
学 位:博士(医学)
専門医:糖尿病専門医、内分泌代謝科専門医
専 門:糖尿病学、内分泌代謝学、分子遺伝学
【関連リンク】
医学部医学科 教授 池上 博司(イケガミ ヒロシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/542-ikegami-hiroshi.html