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世界初!指定難病 自己免疫性膵炎の病原性細菌を同定 健全な腸内環境が自己免疫性膵炎の予防と治療に役立つことを示唆

2022.09.01

自己免疫性膵炎のCT画像(左上)、自己免疫性膵炎のPET-CT画像(右上)、自己免疫性膵炎の病理組織像(HE染色)(左下)、自己免疫性膵炎の病理組織像(IgG4染色)(右下)

近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)内科学教室(消化器内科部門)特命教授 渡邉 智裕と、近畿大学大学院 医学研究科医学系消化器病態制御学専攻 博士課程4年 吉川 智恵を中心とする研究チームは、指定難病である自己免疫性膵炎※1 の発症メカニズムについて研究し、腸管を病原体や毒素の侵入から守る腸管バリアの機能低下が発症に関与していることを明らかにしました。また、自己免疫性膵炎の病原性細菌が腸内細菌のシウリ菌(Staphylococcus sciuri)であることを、世界で初めて同定しました。
本件に関する論文が、令和4年(2022年)9月1日(木)AM10:00(日本時間)に、日本免疫学会が発行する国際的な学術誌"International Immunology"にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●腸管バリアの破綻が自己免疫性膵炎を悪化させることを明らかに
●指定難病である自己免疫性膵炎の病原性細菌が腸内細菌のシウリ菌であることを同定
●健全な腸内環境を保つことが自己免疫性膵炎の予防と治療に繋がる可能性を示唆

【本件の背景】
自己免疫性膵炎の大半は、免疫疾患であるIgG4関連疾患※2 が膵臓に生じたものです。IgG4関連疾患とは、抗体※3 の一つであるIgG4が血液中や障害された臓器に増加するという新規疾患概念であり、膵臓のほかにも、唾液腺、肺、腎臓などの多臓器で発症します。近年、IgG4関連疾患に対する医師の認識が高まるにつれ患者数も増加しており、推定で1万人を超えています。しかし、IgG4関連疾患がどのようなメカニズムで起こるのかについては全く解明されておらず、IgG4関連疾患と自己免疫性膵炎はどちらも指定難病に登録されています。現在、自己免疫性膵炎に対してはステロイドによる免疫抑制療法が行われていますが、ステロイドにはさまざまな副作用があるため、病気のメカニズムの解明と新たな治療法の開発が期待されています。
本研究グループは、平成20年(2008年)から、IgG4関連疾患と自己免疫性膵炎の病態の解明や治療標的を探索する研究を続けてきました。令和元年(2019年)には、自己免疫性膵炎の発症に腸内細菌への免疫反応が関係することを発見し、令和2年(2020年)には、形質細胞様樹状細胞※4 が産生する「I型インターフェロン(IFN-α)」※5 と「インターロイキン33(IL-33)」※6 が診断や病勢の判定に役立つことを発見しました。
自己免疫性膵炎とIgG4関連疾患は高齢者に極めて多い疾患です。高齢者では腸管バリアが破綻し、本来なら腸管内にのみ存在する細菌が全身臓器に移行することで、生活習慣病や免疫疾患を引き起こすことが知られています。しかし、これまで腸管バリアと自己免疫性膵炎およびIgG4関連疾患の関係は解明されておらず、腸管バリアの破綻によってどのような細菌が膵臓に移行し、自己免疫性膵炎を引き起こすのかについても明らかになっていませんでした。

【本件の内容】
研究グループは、腸管バリア機能が低下する高齢男性に自己免疫性膵炎が多いことを踏まえ、腸管バリア機能を人工的に破綻させたマウスに自己免疫性膵炎を誘導し、腸管バリアと自己免疫性膵炎の関係を調べました。その結果、腸管バリアの機能低下によって、ブドウ球菌の一種であるシウリ菌が膵臓へ移行し、重度の自己免疫性膵炎を引き起こすことを明らかにしました。また、自己免疫性膵炎の病原性細菌がシウリ菌であることを世界で初めて突き止めました。
これは、自己免疫性膵炎の発症メカニズムの解明と、健全な腸内環境の維持による予防や、新たな治療法の開発に繋がる画期的な研究成果であると考えられます。

【論文概要】
掲載誌:International Immunology(インパクトファクター:5.071)
論文名:Disruption of the Intestinal Barrier Exacerbates Experimental Autoimmune Pancreatitis by Promoting the Translocation of Staphylococcus sciuri into the Pancreas
(腸管バリアの破綻に伴い、膵臓に定着するStaphylococcus sciuriが自己免疫性膵炎を悪化させる)
https://academic.oup.com/intimm/article-lookup/doi/10.1093/intimm/dxac039
著 者:吉川 智恵1、三長 孝輔1、原 茜1、瀬海 郁衣1、栗本 真之1、益田 康弘1、大塚 康生1、髙田 隆太郎1、鎌田 研1、工藤 正俊1、渡邉 智裕1*、高村 史記2、朴 雅美3
*責任著者
所 属:1 近畿大学医学部内科学教室(消化器内科部門)、2 近畿大学医学部免疫学教室、3 近畿大学医学部微生物学教室

【研究詳細】
研究グループは、腸管バリアの破綻、腸内細菌バランスの乱れと自己免疫性の関係について調査しました。MRL/MpJマウスという自己免疫疾患モデルのマウスを用いて、ウイルスのRNAに類似した分子であるpoly(I:C)を注射し、自己免疫性膵炎を誘導しました。同時に高分子デキストランを飲水させることで、腸管バリア機能を障害しました。その結果、腸管バリアの破綻が自己免疫性膵炎を悪化させることを明らかにしました。この激しい膵炎を起こしたマウスでは、膵臓と大腸にIFN-αとIL-33を産生する形質細胞様樹状細胞が増加しており、膵臓と腸管で異常な免疫反応が共有されていました。
また、どのような菌が膵炎の悪化に関わっているのかを調べるために次世代シークエンス解析※7 を行ったところ、腸管バリアの破綻により激しい膵炎を起こしたマウスの便と膵臓からシウリ菌が検出されました。すなわち、腸内にいたシウリ菌が腸管バリアの破綻によって膵臓に移行し、膵炎悪化を起こしたと考えられます。
次に、無菌マウスとシウリ菌のみを定着させたマウスを用い、膵炎の悪化にシウリ菌が果たす役割を調査しました。無菌マウスでは少量のPoly(I:C)投与では軽度の膵炎しか起こりませんでしたが、シウリ菌のみしか存在しないマウスでは、通常では軽度の膵炎しか生じない少量のpoly(I:C)投与でも重度の膵炎を発症しました。このマウスでは、膵臓にIFN-αとIL-33を産生する形質細胞様樹状細胞を数多く認めました。このことから、シウリ菌が自己免疫性膵炎を悪化させる細菌であることが強く示唆されました。実際に、重度の膵炎を発症したマウスの膵臓から形質細胞様樹状細胞を分離して、ビフィズス菌、シウリ菌、クレブシエラ菌で刺激したところ、シウリ菌が効率よくIFN-αとIL-33の産生を誘導しました。
以上の結果から、腸管バリアの破綻が腸内細菌のバランスを乱し、シウリ菌を膵臓へと移動させ、自己免疫性膵炎を起こすことが明らかになりました。これにより、健全な腸内環境の維持が、自己免疫性膵炎の予防と治療に役立つ可能性が示唆されました。

【今後の展望】
本研究成果は、自己免疫性膵炎の発症メカニズムの解明や新規治療法・予防法の開発に繋がることが期待されます。今後は、自己免疫性膵炎患者に対するシウリ菌の病原性を検討するとともに、腸内環境と自己免疫性膵炎・IgG4関連疾患の関係が解明されることが望まれます。

【用語解説】
※1 自己免疫性膵炎:自分の膵臓の組織を、自己の免疫システムが攻撃して生じる膵炎。IgG4関連疾患の発見により、自己免疫性膵炎の大半はIgG4関連疾患が膵臓に生じたものであることが判明した。
※2 IgG4関連疾患:抗体の一つであるIgG4の増加を特色とする免疫疾患。膵臓、唾液腺、肺、腎臓などの様々な臓器に異時性・多発性に臓器障害を起こす。本邦から提唱された新たな疾患であり、世界的に大きな注目を集めている。
※3 抗体:病気の原因となる細菌やウイルスなどが体内に侵入したとき、異物として攻撃し体外に排除する役割を担うタンパク質。
※4 形質細胞様樹状細胞:I型インターフェロンの産生に特化した免疫細胞の一種。ウイルスに対する免疫防御に重要な役割を果たす。非感染時に活性化されると、IgG4関連疾患や全身性エリテマトーデスなどの免疫疾患を引き起こす。
※5 I型インターフェロン:細胞から分泌されるタンパク質であるサイトカインの一種。微生物感染、特にウイルス感染の場合に多く産生され、微生物感染の際の免疫防御に重要な役割を果たしている。その一方で、非感染時に多く産生されると、免疫疾患を引き起こす。
※6 インターロイキン33:細胞から分泌されるタンパク質であるサイトカインの一種。炎症、アレルギー、組織が異常増殖する現象である線維化に重要な役割を果たす。
※7 次世代シークエンス解析:生物のDNAの情報を読み取り遺伝子の塩基配列を高速に読み出せる装置。医学、科学捜査、人類学、生物学やその他の科学の多くの分野で重要な技術となっている。

【関連リンク】
医学部 医学科 特命教授 渡邉 智裕(ワタナベ トモヒロ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1505-watanabe-tomohiro.html
医学部 医学科 特命准教授 三長 孝輔(ミナガ コウスケ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2000-minaga-kousuke.html
医学部 医学科 特命准教授 鎌田 研(カマタ ケン)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1640-kamata-ken.html
医学部 医学科 教授 工藤 正俊(クドウ マサトシ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/569-kudou-masatoshi.html
医学部 医学科 特命准教授 高村 史記(タカムラ シキ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1631-takamura-shiki.html
医学部 医学科 講師 朴 雅美(パク アミ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1601-ah-mee-park.html

医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/

Newscast本記事:https://newscast.jp/news/4360733

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