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子宮頸がんワクチン(HPVワクチン)接種後の症状に関連する実験データを科学的に評価 ワクチンに対する正しい理解を啓発

2022.08.02

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近畿大学医学部(大阪府大阪狭山市)産科婦人科学教室主任教授 松村 謙臣と、微生物学教室主任教授 角田 郁生を中心とする研究チームは、子宮頸がん予防に使われているヒトパピローマウイルス(HPV)ワクチン※1 との関連性において、ワクチン接種後にみられる「重篤な神経系の障害による多様な症状(副反応)」を実験的に再現したとして報告された基礎研究データを、専門家の立場から詳細に検討し、それらの科学的根拠を評価しました。
本件に関する論文が、令和4年(2022年)8月2日(火)23:00(日本時間)に、日本癌学会が発行する国際的な学術誌"Cancer Science"にオンライン掲載されました。

【本件のポイント】
●HPVワクチン接種にみられる「重篤な神経系の症状」に関する基礎研究データを、婦人科がん、神経免疫学の専門家の立場から科学的に評価
●HPVワクチンとワクチン接種後の症状との関連性を理論的に説明する、基礎研究データの根拠を検証
●HPVワクチンの安全性に関する正しい理解を啓発

【本件の背景】
ヒトパピローマウイルス(HPV)は、子宮頸がん、中咽頭がん、肛門がんなどの"HPV関連がん"を引き起こす要因です。中でも子宮頸がんは、若い女性が罹患し、HPV関連がんの中で最も発症頻度が高い疾患です。HPVワクチンは世界中で接種が進められており、日本でも平成21年(2009年)12月から開始されました。平成25年(2013年)3月には、小学校6年生から高校1年生までの女子を対象として、子宮頸がんの原因の過半数を占めるHPV16型と18型の感染を予防するサーバリックスワクチンと、尖圭コンジローマ(ウイルス性性感染症)の原因となるHPV6型と11型の感染も予防するガーダシルワクチンによる定期接種が承認されました。
しかし、HPVワクチン接種後にみられた様々な精神神経症状が、ワクチンによる副反応であると議論され、その安全性について懸念が示されたため、平成25年(2013年)6月に積極的接種勧奨が中止されました。その後、HPVワクチンの接種率は対象者の1%未満にまで落ち込み、9年後の令和4年(2022年)4月に積極的接種勧奨が再開されましたが、接種率は低いままとなっています。
HPVワクチン接種後の多様な症状が、どのようなメカニズムで生じるかを明らかにすることは、国民がその安全性を正しく理解し、接種率向上につながると考えられます。HPVワクチン薬害訴訟の原告弁護団はホームページ(https://www.hpv-yakugai.net/)に、HPVワクチン接種後に神経運動症状が生じる理論的証拠として、動物実験を含む基礎研究の論文をリストアップしています。研究チームは、婦人科がんと神経免疫学の専門家の立場から、それらの論文を評価しました。

【本件の内容】
HPVワクチンは、組み替えHPV L1タンパクと、免疫賦活作用をもつアルミニウムアジュバントという成分でできています。これまで、「HPV L1タンパクが、ヒトの体を構成する生体分子に類似しているために、HPVワクチン接種後によってできる抗HPV L1抗体がヒトの臓器にも結合し、臓器障害が生じる」という研究結果が報告されてきました。しかし、論文データをあらためて検討すると、その研究方法には明らかな誤りがあると評価されました。
また、HPVワクチンによる「重篤な神経系の障害」を実験的に再現したとする動物実験論文が、これまでに2つ報告されています。それらの論文に示された研究方法と結果を詳細に検討した結果、データに論理的な合理性がなく、再現性の検討も不十分であると評価しました。

これらの検証により、HPVワクチン接種による多様な症状の理論的根拠と考えられてきたデータは、科学的な質が不十分であると考えられます。ヒトの病気に対する診断・治療法を開発するための動物実験も含めた基礎研究は、「トランスレーショナルリサーチ(橋渡し研究)」と言われています。一般に、トランスレーショナルリサーチは、科学的な厳密性をもって多角的に行われることによって初めて、ヒトに応用できるものになります。世間の人々のHPVワクチンに対する理解が不十分な現状では、本研究チームが検証した基礎研究データは副反応問題の本当の解決を妨げるものであると考えられます。

【論文概要】
掲載誌:
Cancer Science(インパクトファクター:6.716 @ 2021-2022)
論文名:
Scientific evaluation of alleged findings in HPV vaccines; molecular mimicry and mouse models of vaccine-induced disease
(HPVワクチン接種後の症状に関する基礎研究データの科学的評価)
著 者:松村 謙臣1、角田 郁生2
所 属:1 近畿大学医学部産科婦人科学教室、2 近畿大学医学部微生物学教室

【研究詳細】
HPVは、2つの構造タンパク質であるL1、L2キャプシドタンパク質と、非構造タンパク質であるE1~E7タンパク質で組み立てられています。HPVワクチンは、L1のみを含むウイルス様粒子(VLP)であり、L1に対する抗体でウイルスの宿主細胞への付着を防ぐことができます。HPVワクチンを接種した人の血清中に、HPV L1とヒトのタンパク質の両方を認識する交差反応性抗体が存在することを証明した科学的報告は、今のところ存在しません。

ある論文では、データベースを用いて、HPV16型とヒトのタンパク質の間に、同一の「ヘプタペプチド(7つのアミノ酸からなる配列)」が82個存在することが報告されました。その論文は、HPVワクチン接種によって、HPV16型とヒトのタンパク質の分子相同性※2 に基づく交差反応性抗体が生成され、自己免疫疾患が引き起こされることは必至であると述べています。さらに、同様の解析を「ヘキサペプチド(6つのアミノ酸からなる配列)」や「ペンタペプチド(5つのアミノ酸からなる配列)」でも行っています。
しかし、この論文には研究デザインに欠陥がありました。まず、HPVワクチンと無関係なL1タンパク以外のHPVタンパク質も含めて解析をしていました。そもそも、タンパク質のうちで抗体の認識部位(エピトープ)となりうる線形ペプチドは限られており、HPVの短いペプチド配列がヒトタンパク質と一致しているからといって、ヒトに対する抗体を生じるとは言えません。

また、2019年に上記の論文を発表した著者らは、15種類のHPV(1a、2、3、4、6b、6、11、16、18、29、31、33、44、52、58)L1に対する抗体のエピトープ配列186個を取得し、各エピトープを「ペンタペプチド」に分解し、HPV L1エピトープとヒトのタンパク質が多くの「ペンタペプチド」を共有することを発見したとして発表しました。
しかし、このアプローチにも欠陥があると考えられます。エピトープ配列は、抗体によって認識される最小アミノ酸長として決定されたものであり、エピトープ全体から切り離された「ペンタペプチド」は、抗体によって認識されるエピトープとしては機能しません。また、ワクチンとは無関係なHPV型(HPV1a、2、3、4、29、44)のHPV L1エピトープ配列を使用したことも不適切でした。さらに、その論文は、HPV L1タンパク質とヒト細胞内抗原の分子相同性を主張していますが、抗体は細胞内抗原に結合することはできません。

次に研究チームは、動物実験の2つ論文について評価しました。
この論文では、4価ワクチン(4vHPV; ガーダシル)を百日咳毒素(PT)と共にマウスに注射し、尾部麻痺が観察されたと報告しました。しかし以下の懸念から、実験設定が不適切と考えられました。
*4vHPVに含まれるアジュバントのみを投与する群や4vHPV以外の別のワクチン(例えば、B型肝炎ワクチンやサーバリックス)を投与する群を設定しておらず、尾部麻痺がHPVワクチン特異的なものかどうかは不明であること。
*麻痺の評価は、実験者がその動物はどちらの群に属するかを知らないブラインド方式で行われていないため、結果の客観性に疑問があること。
*ヒトのHPVワクチン接種に使用されていない百日咳毒素(PT)が実験に使用されていたこと。

また、この論文では上記の実験において組織学的に、4vHPV+PTを投与したマウスでは第3脳室の狭窄(縮小)を認め、脳の視床と視床下部ではTUNEL陽性のアポトーシスを生じた血管内皮細胞、視床下部傍核ではチロシン水酸化酵素の増加、グルタミン酸脱炭酸酵素とγ-アミノ酪酸の減少を報告しました。これらの神経病理学的解析には、次のような懸念がありました。
*すべての組織学的所見は、わずか1枚の顕微鏡写真/染色/実験群によって示されており、定量化されていないこと。
*正常マウス脳のパラフィン切片では、しばしば第3脳室に隙間がなくなるため、本論文で示された第3脳室の狭窄は異常とは言えないこと。また第三脳室の病的な狭窄や閉塞が生じた場合、他の中枢神経系領域の損傷、特に他の脳室の拡大につながるが、本論文ではこれらの損傷が生じていないこと。
*TUNEL陽性の「アポトーシスを生じた血管内皮細胞」の顕微鏡写真では、アポトーシスの特徴である核の断片化を認めていないこと。
*尾部麻痺、第3脳室狭小化、内皮細胞アポトーシス、各酵素の増減はそれぞれ関連がないこと。
*神経系への抗HPV L1抗体沈着やアルミニウム含有マクロファージなど、4vHPVによる有害事象である可能性を検討するための実験が行われていないこと。

また、別の論文では、水酸化アルミニウム(Al)、4vHPV、または4vHPV+PT群をマウスに注射し、抑うつの指標となる強制水泳試験において、注射後3カ月では4vHPV群と4vHPV+PT群で異常が認められ、6カ月後には水酸化Al群と4vHPV+PT群で異常が認められたことを報告しました。この結果については、以下の点が懸念としてあげられます。
*3カ月と6カ月のデータが一致していないため、水酸化Al、HPV L1、PTの三者のいずれが原因かを断定できないこと。
*4vHPVは水酸化Alではなく硫酸Alを含んでおり、水酸化Al群の所見は4vHPV群の所見と比較できないこと。

また、この論文では、酵素免疫測定法(ELISA)によって、4vHPV群および4vHPV+PT群の1カ月後の血清から4vHPV、脳タンパク抽出物、脳リン脂質抽出物に対する抗体が検出されたことが報告されました。この知見には以下の懸念がありました。
*他の臓器由来のタンパクと比較していないこと。そして、論文では、血清に4vHPVを吸着させることによって、脳タンパク抽出物や脳リン脂質抽出物に対する抗体価を下げることができるかどうかを検証していないこと。したがって、この実験結果が脳特異的分子とHPVとの交差反応に起因するものかどうかは不明であること。
*吸着が抗HPV抗体のみで起こり得るのか、他のウイルスに対する抗体でも起こり得るのかについて検証していないこと。
*すべての抗体価は注射の2カ月後には低下しており、強制水泳試験で異常が生じた時期(3カ月と6カ月)には、既に低下していること。

さらに、海馬におけるIba-1免疫染色の密度が4vHPV群で水酸化Al群よりも高いことを示し、4vHPV注射がミクログリアの活性化を増加させることを示唆しました。この実験には次のような欠点が考えられました。
*4vHPV+PT群では、ミクログリアの活性化は生じなかったこと。
*一般に海馬の損傷は記憶喪失と関連するが、論文では鬱症状が認められていること。
*Iba-1染色の顕微鏡写真が示されていないこと。

以上により、動物実験を行った2つの論文は、データの論理性や再現性に疑問を抱かせるものでした。そもそも、ヒトでもごくまれにしか生じないHPVワクチンの後の多様な症状を、限られた数のマウスを用いた短期間の実験で再現できると考えることに無理があると考えられます。

科学的に不十分な実験データを、HPVワクチン接種後に生じる多様な症状の理論的な根拠とすることは、正しい解決策を提示するための障害となります。そして、HPVワクチンに対する不十分な理解は、HPVワクチン接種率の低下を招きます。今後、HPVワクチン接種後の症状に関して、科学的に質の高いデータを蓄積していくことが求められます。

【用語解説】
※1 HPVワクチン:ヒトパピローマウイルス(HPV)は、性的接触のある女性であれば50%以上が生涯で一度は感染するとされる一般的なウイルス。子宮頸がんを始め、肛門がん、膣がんなどのがんや尖圭コンジローマ等多くの病気の発生に起因。HPVワクチンは、子宮頸がんをおこしやすいタイプであるHPV16型と18型の感染を防ぐことが証明されている。
※2 分子相同性:分子の化学的構造の類似性のこと。免疫反応において問題となる場合があり、自己免疫疾患の原因となりうる。

【関連リンク】
医学部 医学科 教授 松村 謙臣(マツムラ ノリオミ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/2124-matsumura-noriomi.html
医学部 医学科 教授 角田 郁生(ツノダ イクオ)
https://www.kindai.ac.jp/meikan/1503-tsunoda-ikuo.html

医学部
https://www.kindai.ac.jp/medicine/

Newscast本記事:https://newscast.jp/news/2338424