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世界で初めて高分子膜における水の透過メカニズムを解明 海水の淡水化などの機能を持つ膜の開発に期待

2018.10.15

  • 理工

高度な分離・バリア技術をもつ高分子膜

近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)機械工学科准教授 荒井規允(あらい のりよし)らの研究グループは、高分子膜における透水性のメカニズムを解明しました。高分子膜とは高分子(数千個の分子からなる分子)で構成される膜のことで、分子・原子が通る程度の穴を有し、高度な分離・バリア技術(特定の分子だけを通す・どの分子も通さない)を実現します。現在、これらの技術は燃料電池や蓄熱材など産業界で広く利用されていますが、一方で、物質の透過効率や膜の均一な穴の設計など様々な問題を抱えています。本研究で明らかにした高分子膜における透水性を制御する高分子デザイン(※)の提案は、燃料電池などの製品性能の向上につながることはもちろん、温室効果ガスからCO2を分離する技術のさらなる向上や、海水の淡水化など、地球規模の問題解決に貢献することが期待されます。
本研究成果は、平成30年(2018年)10月15日(月)AM8:00(日本時間)付で、世界に大きな影響を与える学術誌のひとつである国際科学誌Journal of Membrane Scienceに掲載されました。
(※)分子を設計すること、そのための技術。分子設計ともいう。多くの場合、分子の構造と性質の相関の理解を基礎にして、分子の構造を変化させ、分子の性質を意図するものに変化させること、または、新たな分子構造を考案し,新しい性質を創出すること。

【本件のポイント】
●世界で初めて高分子膜における透水性のメカニズムを明らかにした。
●このメカニズムをもとに、高分子膜の透水性を制御できる分子デザインを提案した。
●水以外の透過メカニズムにおいても普遍性が確かめられれば,海水の淡水化や温室効果ガスの選択的分離などの実現に貢献し、地球規模の問題解決につながる。

【本件の概要】
我々の身の回りにあふれているプラスチック、ゴムなどの素材は高分子からできています。高分子は、多数の原子がつながってヒモ状になっている分子のことで、それらがからみあうことで低分子(例えば水分子)とは異なる性質を示します。様々な高分子材料のなかでも高分子膜は、温室効果ガスである二酸化炭素の分離・回収や燃料電池、蓄熱材など様々な技術に利用されています。高分子膜への物質の透過性に関する研究は、これまで多くの知見が積み重ねられてきました。その中には、水の透過性に対する知見も多く得られていますが、現在においても、高分子膜に対する透水性を自在に制御できる決定的なメカニズムは解明されていません。
研究チームは分子シミュレーションを用いて、高分子膜表面に水分子が特殊な構造を作ることを発見し、それが透水性と密接に関係していることを明らかにしました。その結果、添加物の有無や添加物と高分子の親和性を検討することにより、透水性を制御できることを明らかにしました。このメカニズムを踏まえ、今後、限られた分子のみを透過させる、水分子を全く通さないなど、これまで達成できなかった技術を実現する膜の開発が期待されます。

【掲載誌】
雑誌名:"Journal of Membrane Science"(インパクトファクター:6.578 2018)
    ※膜とその科学に関する国際的に影響力のある学術雑誌
論文名:Water permeation in polymeric membranes:Mechanism and synthetic strategy for water-inhibiting functional polymers
    (高分子膜における水の透過メカニズムの解明と透過制御を目的とした高分子の合成戦略)
著 者:荒木雄介(総合理工学研究科博士前期課程 2019年修了見込み),小林祐生(総合理工学研究科博士後期課程 2021年修了見込み),川口暢博士(株式会社デンソー基礎研究所),金子卓博士(株式会社デンソー基礎研究所),荒井規允

【研究の背景と詳細】
現在、高分子膜を使用した膜分離法はCO2分離回収技術の中でも省エネルギーかつクリーンな方法であることから強く期待を寄せられています。また、地球温暖化に加え、発展途上国の急激な人口増加により、特に乾燥地域において、水資源の枯渇が重大なレベルに達しています。
水資源の確保は、人類にとって豊かな生活を維持するために不可欠であり、このような問題についても、高分子膜を使用した海水の淡水化や水の浄化に関する新技術が研究されています。したがって、高分子による選択透過膜は、ガスや石油の分離、海水の淡水化、水の浄化など我々の豊かな生活を持続させるために必要不可欠な技術であると同時に、このメカニズムを深化させることで、例えば完全自動ガス分離膜や超高速淡水化膜など、新技術イノベーションにつながる可能性を秘めています。
そのような高機能選択透過膜を実現するためには、高分子膜内の物質移動現象の理解が重要であり、近年、バイオミミクリー(生物模倣)として、生物の機能に着想を得た設計が盛んに行われています。例えば、我々の体の細胞は生体膜で覆われており、それを通して細胞内外で水の出し入れが行われています。言い換えれば、生体膜は水に関する選択透過膜であり、膜の内外で水のやり取りを制御しています。過去の研究では、それに習い、カーボンナノチューブを膜内に配置することで、水の高速な流れが生まれることを報告しています。しかしながら、膜の透過を自在に制御できる決定的なメカニズムは未だ明らかになっておらず、限定的な可能性が示されたにすぎません。本研究では、分子シミュレーションを用いることで、膜内を透過する物質の直接観察を行い、膜の透過に支配的な要因とそのメカニズムを解明しました。さらに、明らかになったメカニズムを踏まえ、どのような高分子を合成すれば水透過に影響があるかを調べ、その合成戦略を提案しました。

【今後の展望】
本研究で明らかになった「水の透過性を制御するメカニズムの解明」は、今後、水だけを透過させる技術や、逆に水だけを透過させない技術などのさらなる向上をもたらし、それぞれの技術を応用することによって次世代ディスプレイや太陽電池などの開発に繋がるなど、工学的技術に大きく貢献します。また水以外の透過メカニズムにおいても普遍性が確かめられれば、海水の淡水化、温室効果ガスの選択的分離などに多大なる貢献が期待され、その結果、水資源枯渇問題や環境問題などの地球規模での問題解決につながる重要な鍵となり得ます。

【研究者プロフィール】
近畿大学 理工学部機械工学科 准教授 荒井規允(あらい のりよし)
専   門:分子シミュレーション、ソフトマター、固液界面現象
研究テーマ:ソフトマターの自己集合、分子モーター、閉じ込め系のモルフォロジー
分子シミュレーションを用いて燃料電池から生命の起源まで幅広い研究に取り組んでいる。今回の研究は川口暢博士、金子卓博士(株式会社デンソー基礎研究所)との共同研究の成果。

荒木雄介(あらき ゆうすけ)
近畿大学 理工学部 機械工学科 機械工学コース 2017年3月卒業
近畿大学大学院 総合理工学研究科メカニックス系工学専攻前期博士課程
2019年3月修了見込み、学位論文「散逸粒子動力学法を用いた分子認識機能を持つトリブロックポリマーモデルによる自己集合構造」
これまで国内会議2編、国際会議3編で研究を発表している。また2018年に、本記事の研究テーマが第一著者として学術誌に掲載される。さらにもう1つの研究テーマを学術誌へ投稿し、現在審議中である。近畿大学大学院 総合理工学研究科 メカニックス系工学専攻の2回生。

小林祐生(こばやし ゆうせい)
近畿大学 理工学部 機械工学科 知能機械システムコース 2016年3月卒業
近畿大学大学院 総合理工学研究科メカニックス系工学専攻前期博士課程
2018年3月修了学位論文「散逸粒子動力学法を用いたJanusナノ粒子水溶液の管内流れと自己集合に関する研究」
これまで学術誌に8編、国際会議11件で研究を発表している。2018年3月日本機械学会三浦賞受賞。2017年3月に福岡県博多区にて開催されたThe 6th International Symposium on Micro and Nano TechnologyにおいてStudent Presentation Awardを受賞。現在日本学術振興会特別研究員(DC1)として博士後期課程1年に在学中。

【関連リンク】
理工学部機械工学科 准教授 荒井 規允(アライ ノリヨシ)
http://www.kindai.ac.jp/meikan/1228-arai-noriyoshi.html

関連URL:https://www.kindai.ac.jp/sci/