分子の屈伸運動で円偏光の回転方向制御に成功 3D有機ELディスプレイの製造コスト削減に期待
2017.11.13
- 理工
図
※1 CPL…Circular Polarized Luminescence 円偏光発光
【本件のポイント】
●世界で初めて、分子の屈伸運動を利用することで円偏光の回転方向制御に成功
●3Dディスプレイの製造コスト削減や、次世代セキュリティー認証への応用に期待
●1種類の材料から、光の回転方向が異なる2種類の発光体を作出できるため、CPL発光体の合成コスト削減に期待
【本件の概要】
特定の方向に振動する光を偏光といい、その中でも、らせん状に回転しているものを円偏光といいます。円偏光は、3D表示用有機ELディスプレイなどに使用されている新技術として注目されており、CPL発光体の開発が進められています。
研究グループは、レアアースの一種であるユーロピウムをベースにしたCPL発光体を開発しました。ユーロピウムと、分子の性質を変化させる「誘導体」の連結部位の柔軟性を変えることによって、円偏光の回転方向を制御することに成功しました。この発光体は、特定の光をあてると連結部位の柔軟性が変化し、屈伸運動が起こることで分子の構造が変化する「分子マシーン※2」の特性を利用して、円偏光の回転方向をコントロールできます。
これまで、円偏光の回転方向制御には、基本構造が異なる2種類の分子を準備して作成する、溶液の種類を変えるなどの方法がありましたが、今回、新たな制御方法が発見されました。従来の方法に比べて、基本構造が同じ1種類の分子から作製できるため製造コストが安く、回転方向の制御も簡単という特徴があります。
将来的には、3D表示用有機ELディスプレイ等の製造コスト削減や、高度な次世代セキュリティー認証の実用化などにつながる可能性があります。
なお、本研究は文部科学省「私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」に採択された「太陽光利用促進のためのエネルギーベストミックス研究拠点の形成」の一環です。
※2 分子マシーン…光などの特定の刺激を与えると、構造が変化し、機械のように動く分子。分子の一部が上下に動いたり、プロペラのように回転したりする。
【掲載誌】
■雑誌名・・・『ChemistrySelect』Wiley発刊(平成28年(2016年)創刊)
■論文名・・・"Swapping circularly polarised luminescence of
Eu(III)-binaphthyl hybridized luminophore with and without oxymethylene spacer"
■著 者・・・Nobuyuki Hara, Mamoru Okazaki, Motohiro Shizuma, Shinsuke Marumoto,
Nobuo Tajima, Michiya Fujiki and Yoshitane Imai
■DOI・・・・10.1002/slct.201701460
【研究の詳細】
研究グループは、発光性ユーロピウム(Eu)錯体に、光学活性な配位子である軸不斉※3 ビナフチル誘導体を配位させることにより、赤色の円偏光を発する新しいビナフチルーユーロピウムハイブリッドCPL発光体の開発に成功しました。カルボン酸基を備えた光学活性なビナフチル誘導体(図の1および2)とユーロピウム錯体Eu(III)(hfa)3(H2O)2とをクロロホルム溶液中混合することにより、新しいビナフチル‐ユーロピウムハイブリッドCPL発光体の開発に成功し、赤色のCPLを確認しました。興味深いことに、同じR体の軸不斉ビナフチル骨格を用いているにもかかわらず、ビナフチル誘導体とユーロピムとの連結距離を変えることにより、円偏光の回転方向を制御することに世界で初めて成功しました。これは、ビナフチル誘導体とユーロピウムとの連結部位の屈伸運動に起因することを明らかにしました。
※3 軸不斉…分子内のある軸を中心に、原子配列が異なり、右手と左手の関係のように、自身の鏡像と重なり合わない性質
【今後の展望】
円偏光発光(CPL)に関しては、最近、様々な利用法が検討されていますが、CPLを生み出す高輝度・高円偏光度(高い光の回転度)を備えたCPL発光体は、まだ開発途上段階です。
今回の研究により、有機―ユーロピウムハイブリッドCPL発光体において、分子の屈伸運動を利用することにより、赤色のCPLの回転方向制御に、世界で初めて成功しました。今後、分子の動きを光の回転方向へと変換する、分子マシーンの開発を試み、多彩な機能を持ったCPL発光体の作出や、高輝度・高円偏光度のCPL発光体の開発を進めます。
【研究者プロフィール】
近畿大学 理工学部 応用化学科 准教授 今井 喜胤(いまい よしたね)
研究テーマ:キラリティー材料と円偏光発光(CPL)とのベストミックスフィールドの創出、
「色」変化を利用した超高感度分子センシングシステムの開発、
ナノポーラス型電荷移動(CT)錯体を利用した新奇な可視的水素貯蔵材料の開発
専 門:有機光化学、不斉化学、超分子化学
受 賞:コニカミノルタ画像科学進歩賞(2009年)
【「太陽光利用促進のためのエネルギーベストミックス研究拠点の形成」の概要】
■研究内容
太陽光エネルギーを利用して水素ガスやメタノールといった1次エネルギー物質を生成する際に必要不可欠とされるソーラー触媒の開発や人工光合成における化学的機能の開拓(研究テーマ1)を推進します。同時に、ウェアラブル端末などに広く利用可能な薄膜太陽電池における光電変換効率の高効率化(研究テーマ2)、さらには、光磁気機能を駆使した省エネルギー記憶媒体に関わる基盤的物質の創成(研究テーマ3)を目指します。
■プロジェクトの波及効果
東京電力福島第1原子力発電所の事故以降、わが国のエネルギー政策は歴史的な転換期にあり、利用可能なエネルギー資源の特徴を生かしつつ各々を効果的に運用していくための施策を必要としています。その際、立ち遅れの目立つ太陽光エネルギー利用についても可能性をポジティブに評価したうえで有効に活用していく必要があります。太陽光エネルギー利用の可能性を最大限に引き出すための基盤的研究を推進します。
■プロジェクトの将来と人材育成
総合理工学研究科・理工学部の教員16人の参画を得て発足した本研究プロジェクトは将来的に近畿大学における原子力、火力、太陽光研究をゆるやかに束ねる総合エネルギー研究開発拠点として社会基盤の整備等に関して科学的見地から発信力を強化していくことを目指します。また、活動を通じて優れた人材の育成に力を尽くします。
【関連リンク】
理工学部応用化学科 准教授 今井 喜胤(イマイ ヨシタネ)
http://www.kindai.ac.jp/meikan/362-imai-yoshitane.html