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世界初!光暗号通信に応用可能な、円偏光発光(CPL)の回転方向と色をスイッチングできる色素を開発

2017.06.09

  • 理工

新しいキラル有機蛍光色素 円偏光発光(CPL)の回転方向と色(波長)をスイッチング

近畿大学理工学部の今井喜胤准教授、横浜国立大学大学院工学研究院の伊藤傑助教、淺見真年教授らの共同研究グループは、映画館などで3D映像を映し出す際に使われる「円偏光」の回転方向と色(波長)を同時に切り替える「スイッチング」機能を持った円偏光発光(CPL)[注1]色素を開発しました。3D映像は左回転・右回転の光の回転方向が異なる2種類の映像を同時に映すことで立体的に見せる仕組みであり、回転方向の制御が重要な要素となっています。また、CPLはセキュリティ分野などの次世代光情報技術への応用が期待されています。従来のCPL色素は、スイッチングの際に見た目の光の色や強さが変わってしまう性質がありましたが、今回の新色素では、見た目の光はそのままに、CPLの回転方向と色(波長)を同時に切り替えることに世界で初めて成功しました。将来的には、光ファイバー通信において、見た目では判別できないスイッチングによる2種類の光を利用して、通信内容を暗号化して保護する次世代セキュリティ技術への応用が期待されます。
本成果は、平成29年(2017年)6月8日(英国時間)に英国王立化学会誌「Chemical Communications」のオンライン版で公開され、掲載誌の裏表紙(Back cover)に選出されています。なお、本研究は、科学研究費助成事業若手研究(B)(課題番号 15K17441)、科学研究費助成事業基盤研究(C)(課題番号 15K05489)、文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(2014‒2018)の支援のもとに行われました。

【掲載誌】Chemical Communications(インパクトファクター:6.567、2015年)
【題 名】Concentration-dependent circularly polarized luminescence (CPL) of chiral
     N,N’-dipyrenyldiamines: sign-inverted CPL switching between the monomer and
     excimer region under retention of the monomer emission for the photoluminescence
     (キラルなN,N’-ジピレニルジアミンの濃度依存CPL:発光をモノマー領域に維持した
      状態でのCPLのモノマー領域とエキシマー領域での符号反転を伴うスイッチング)
【著 者】伊藤傑 1、生田健悟 1、中西章真 2、今井喜胤 2、淺見真年 1
     横浜国立大学 1、近畿大学 2

【研究背景】
円偏光発光(CPL:Circularly Polarized Luminescence)[注1]は、高輝度液晶ディスプレイ用偏光光源を始めとして、3次元ディスプレイや光通信、セキュリティ分野などへの応用が期待されており、効率良くCPLを発するキラル有機蛍光色素[注2]の開発に関する研究は、近年大きな注目を集めています。多くの場合、CPLは見た目の発光(PL:Photoluminescence)の極大と同じ波長領域に観測され、その強度と掌性(回転方向)は、発光体の置かれるキラル環境に大きく依存することが知られています。特に最近では、光照射やイオンの添加などの外部からの刺激に応答して、CPLの波長や強度、掌性をスイッチングできるキラル有機発光体に関する研究報告が増加しています。しかしながら、今回の成果のように、PL極大を同一領域に維持したまま、CPLを二領域間でスイッチングできる蛍光色素は存在していませんでした。

【研究内容と成果】
本研究では、分子内に二つのピレン環[注3]を有する新しいキラル有機蛍光色素を設計・合成することで、前例の無いCPLスイッチングを実現することに成功しました。まず、キラル有機蛍光色素は、横浜国立大学の研究グループで最近開発した二重不斉付加反応[注4]を活用することで新たに合成しました。得られた新色素のCPLは、トルエン中低濃度条件(10‒5M)においては、ピレンのモノマー発光に由来するPL極大(発光極大波長λem=424nm)に負のCPL極大が観測されました。また、蛍光色素の濃度を増加させるとPL極大からのCPLは小さくなるとともに500nm付近からの正のCPLが増大し、飽和溶液では強度が逆転しました。すなわち、本蛍光色素では、濃度を変化させるのみで、PL強度を同一領域に維持したまま、掌性の反転を伴うCPLの二領域間スイッチングを実現することができました。これは、モノマー発光とエキシマー発光との間でCPL発光効率が大きく異なることが原因であると分かっています。

【今後の展開】
本研究では、CPL発光特性の異なるモノマー発光とエキシマー発光を切り替えることに成功しました。本研究で得られた知見を元にすることで、CPLスイッチング技術の実用化に向けた研究が大きく加速されることが期待できます。特に、PL強度の小さい領域において、CPLのみが大きく増大する本成果は、CPLのみで検知可能な暗号通信技術などのセキュリティ分野への応用に繋がります。

<用語説明>
[注1] 円偏光発光(CPL:Circularly Polarized Luminescence)
光は電磁波であり、互いに垂直に振動している電場と磁場の振動方向が偏った光を偏光といい、偏光でない光を自然光という。偏光の中でも、電場と磁場が光の進行方向に対して円を描くように振動するものを円偏光といい、光の進行方向に対して電場ベクトルの回転が時計回りの右円偏光と反時計回りの左円偏光がある。キラルな発光体を自然光で励起すると、右円偏光と左円偏光の割合に偏りの生じた円偏光発光が観測される。

[注2] キラル有機蛍光色素
有機化合物には、右手と左手のように互いに重ね合わせることのできない鏡像の関係にある異性体をもつものが存在し、このような関係をキラルという。キラルな有機化合物の鏡像異性体同士では、ほとんどの物理的性質や化学的性質が等しいが、生物活性作用が大きく異なるほか、電磁波の偏光面に関連する旋光性や円二色性、円偏光発光性において正負が逆転した性質を示す。また、有機化合物には、紫外線などで電子を励起すると、その与えられたエネルギーを蛍光として放出するものが存在する。一般に、キラルでない蛍光色素は自然光を発するが、キラルな蛍光色素からは円偏光が発せられる。

[注3] ピレン環
四つのベンゼン環が菱形に連結した化合物をピレンといい、優れた蛍光発光性を示すことが知られている。特に、低濃度条件ではピレン単分子からなるモノマー発光、高濃度条件ではピレン二分子からなるエキシマー発光を示し、互いに異なる波長で発光することから蛍光スイッチング材料へ応用される。

[注4] 不斉付加反応
右手型と左手型のキラル化合物のうち、一方のみを選択的に合成する手法を不斉合成という。横浜国立大学大学院工学研究院の伊藤助教・淺見教授らの研究グループでは、最近、キラルジオールを簡便に合成可能な二重不斉付加反応を報告している(Chem. Lett. 2016 , 45, 1379‒1381)。

【研究者紹介】
近畿大学 理工学部 応用化学科 准教授 今井喜胤(いまいよしたね)
研究テーマ:円偏光発光(CPL)特性を有する機能性発光体の開発
専   門:有機光化学、不斉化学、超分子化学

横浜国立大学大学院 工学研究院 機能の創生部門 助教 伊藤傑(いとうすぐる)
研究テーマ:スイッチング機能を有する有機発光体の創製
専   門:有機合成化学、不斉合成、超分子化学

横浜国立大学大学院 工学研究院 機能の創生部門 教授 淺見真年(あさみまさとし)
研究テーマ:不斉合成反応の開発と光学活性化合物の合成
専   門:有機化学、合成化学、不斉合成

【関連リンク】
理工学部応用化学科 准教授 今井 喜胤(イマイ ヨシタネ)
http://www.kindai.ac.jp/meikan/362-imai-yoshitane.html

関連URL:http://www.kindai.ac.jp/sci/

<参考図>