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低温環境下で円偏光を放つCPL発光体を開発 次世代セキュリティ塗料などに応用可能な新材料

2016.12.22

  • 理工

左:プロペラ状のキラルBODIPY 右:低温下での円偏光(CPL)発光

近畿大学理工学部(大阪府東大阪市)応用化学科の准教授 今井喜胤(いまいよしたね)と大阪大学大学院工学研究科(大阪府吹田市)の准教授 森直(もりただし)らの研究グループは、約-50℃以下の低温環境下でのみ、らせん状に回転しながら振動する光である円偏光を発するCPL※ 発光体を開発しました。この度本件に関する論文が、アメリカ化学会の発行する速報誌"The Journal Physical Chemistry Letters"のオンライン版に平成28年(2016年)11月30日に掲載されました。
※CPL…Circular Polarized Luminescence 円偏光発光

【本件のポイント】
●約-50℃以下の低温環境下に限り円偏光を放つ発光体を開発
●温度による円偏光の有無の切り替えができる性質を持った、新しい材料として次世代セキュリティ塗料などに応用が可能
●低温環境下での円偏光の測定に成功したことで、今後はさまざまな特性を持つ円偏光発光体の開発が期待される

【本件の概要】
特定の方向に振動する光を偏光といい、振動方向が直線状のものを直線偏光、らせん状に回転しているものを円偏光といいます。円偏光は、3D表示用有機ELディスプレイなどに使用されている新技術として注目されています。多くの発光体は直線偏光であるため、フィルターを用いて直線偏光を円偏光に変換していますが、フィルターを通すことで光強度が減少し、エネルギー効率が悪化するため、円偏光発光体の開発が進められています。
研究グループは、蛍光色素の一種であるBODIPY骨格に、円偏光の発生を担うパーツ(置換基)をプロペラ状に配置し、その動きを制御することで、高い温度ではプロペラの向きが揃わないが、温度を下げるとプロペラの向きが揃い、約-50℃以下になると円偏光発光を始める発光体の開発に成功しました。
従来の室温での測定だけでは、このような化合物の円偏光発光を測定することはできませんでしたが、今回の研究では、CPL測定装置と低温装置を組み合わせることで、低温状態での円偏光発光を測定することに成功しました。今後はCPL測定の幅が広がり、さまざまな特性を持つ円偏光発光体の開発が期待されます。
将来的には、温度による円偏光発光の有無を切り替えることができる新しい材料として、例えば、一定の条件下でのみ発光することで偽造紙幣を見破ることができる次世代セキュリティ塗料等での活用が期待されます。
なお、本研究は文部科学省「私立大学戦略的研究基盤形成支援事業」に採択された「太陽光利用促進のためのエネルギーベストミックス研究拠点の形成」の一環です。

【掲載誌】
◆雑誌名・・・"The Journal Physical Chemistry Letters"
       アメリカ化学会が発行する速報誌
       インパクトファクター8.5(平成27年版)
◆論文名・・・"Propeller Chirality of Boron Heptaaryldipyrromethene:
       Unprecedented Supramolecular Dimerization and Chiroptical Properties "
◆著 者・・・Masataka Toyoda, Yoshitane Imai, Tadashi Mori

【研究の詳細】
置換基をプロペラ状に組み込んだ、光学活性なboron dipyrromethene(BODIPY)誘導体の合成に成功しました。非極性溶媒methylcyclohexane中で、光学特性を測定したところ、室温(25℃)中では、640nm付近に絶対量子収率32%で蛍光を発することを見出しました。光学活性な化合物ではありますが、明確な円偏光発光(CPL)は観測されませんでした。そこで、−120℃まで温度を冷やし測定したところ、絶対量子収率が45%まで上昇し、さらに、2.0x10-3の強い円偏光度でCPLを観測することに成功しました。これは、温度を冷やすことにより分子運動が抑えられ、プロペラの向きが制御されたこと、加えて、発光体が超分子相互作用により2量体を形成することから生じることを明らかにしました。

【今後の展望】
円偏光発光(CPL)に関しては、最近、様々な利用法が検討されていますが、CPLを生み出す高輝度・高円偏光度(高い光の回転度)を備えた有機CPL発光体は、まだ開発途上段階であり、円偏光を発する新しい手法、さらにはその測定手法についても試行錯誤が続いています。
今回の研究により、室温ではCPLを出さないが、温度を冷やすとCPLを発する発光体が存在し、分子相互の引力による錯体形成、いわゆる超分子形成に基づく新規CPL材料の開発が重要であるという知見が得られました。また、非常に低い温度でもCPLを高感度で測定できるという実証ができたことで材料の開発自身をも加速するものと期待されます。今後は試行錯誤を重ね、多彩な機能を持った円偏光発光体の作出や、さらに高輝度・高円偏光度の円偏光発光体の開発を進めていきます。

【研究者プロフィール】
近畿大学 理工学部 応用化学科 准教授 今井 喜胤(いまい よしたね)
研究テーマ:円偏光発光(CPL)特性を有する機能性発光体の開発
専   門:有機光化学、不斉化学、超分子化学
平成 7 年(1995年) 大阪大学工学部応用化学科卒業
平成12年(2000年) 大阪大学大学院工学研究科分子化学専攻博士後期課程修了
           博士(工学)
           JST博士研究員
平成16年(2004年) 近畿大学理工学部応用化学科助手
平成21年(2009年) 同講師
平成27年(2015年) 同准教授

大阪大学大学院 工学研究科 准教授 森 直(もり ただし)
研究テーマ:電荷移動相互作用を用いるキラル光反応
専   門:不斉有機光化学
平成 9 年(1997年) 京都大学博士(理学)
平成10年(1998年) 大阪大学大学院工学研究科 助手
平成19年(2007年) 同准教授

【「太陽光利用促進のためのエネルギーベストミックス研究拠点の形成」の概要】
■研究内容
太陽光エネルギーを利用して水素ガスやメタノールといった1次エネルギー物質を生成する際に必要不可欠とされるソーラー触媒の開発や人工光合成における化学的機能の開拓(研究テーマ1)を推進します。同時に、ウェアラブル端末などに広く利用可能な薄膜太陽電池における光電変換効率の高効率化(研究テーマ2)、さらには、光磁気機能を駆使した省エネルギー記憶媒体に関わる基盤的物質の創成(研究テーマ3)を目指します。

■プロジェクトの波及効果
東京電力福島第1原子力発電所の事故以降、わが国のエネルギー政策は歴史的な転換期にあり、利用可能なエネルギー資源の特徴を生かしつつ各々を効果的に運用していくための施策を必要としています。その際、立ち遅れの目立つ太陽光エネルギー利用についても可能性をポジティブに評価したうえで有効に活用していく必要があります。太陽光エネルギー利用の可能性を最大限に引き出すための基盤的研究を推進します。

■プロジェクトの将来と人材育成
総合理工学研究科・理工学部の教員16人の参画を得て発足した本研究プロジェクトは将来的に近畿大学における原子力、火力、太陽光研究をゆるやかに束ねる総合エネルギー研究開発拠点として社会基盤の整備等に関して科学的見地から発信力を強化していくことを目指します。また、活動を通じて優れた人材の育成に力を尽くします。

【関連リンク】
理工学部応用化学科 准教授 今井 喜胤(イマイ ヨシタネ)
http://www.kindai.ac.jp/meikan/362-imai-yoshitane.html

関連URL:http://www.kindai.ac.jp/sci/

「太陽光利用促進のためのエネルギーベストミックス研究拠点の形成」