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農学部バイオサイエンス学科教授 川﨑努らの研究チーム 植物が病原菌感染を検知し、防御遺伝子群を活性化する仕組みを世界で初めて解明

2016.09.27

病原菌認識センサーから免疫反応の活性化に至る情報の流れ

近畿大学農学部(奈良県奈良市)バイオサイエンス学科の教授・川﨑努(かわさきつとむ)と助教・山口公志(やまぐちこうじ)、大学院生・山田健太(やまだけんた)らによる研究グループは、植物が病原菌の感染を検知し、細胞内で防御遺伝子群を活性化する仕組みを世界で初めて発見しました。本件に関する論文が、世界的に権威のある科学誌「EMBO Journal」にて、平成28年(2016年)9月27日(火)19:00(日本時間)に掲載されました。

【本件のポイント】
●植物の病原菌認識センサーとマップキナーゼ経路を結ぶ分子を世界で初めて特定し、植物科学における"大きな謎"を解明
●免疫だけでなく形態形成・環境応答などに共通する仕組みの解明が期待される
●免疫応答をコントロールすることで、環境にやさしい耐病性植物等の開発を目指す

【本件の概要】
植物の細胞膜上には、感染してきた病原菌の構成成分と結合することで病原菌の侵入を検知し、その情報を細胞内に伝達する病原菌認識センサー(受容体)が存在します。この働きにより防御応答遺伝子群(防御反応を誘導する遺伝子群の総称)が発現し、気孔の閉鎖や病原菌を殺すための抗菌性化合物や抗菌性タンパク質の産生など、病害に対する様々な免疫反応が誘導されます。これまでの多くの研究から、この情報伝達は、酵母から哺乳類に至る真核生物の主要な情報伝達経路である「マップキナーゼ経路」の働きによって制御されていることが知られていました。しかし、植物においては、センサーとマップキナーゼ経路を結ぶ分子が判明しておらず、植物科学における"謎"の一つになっていました。
今回、我々は、植物にのみ存在するタンパク質リン酸化酵素※群「RLCK(Receptor-like cytoplasmic kinase)ファミリー」に属する同酵素の一つである「PBL27」が、センサーとマップキナーゼ経路を直接的に結ぶ「橋渡し」の役目を果たしていることを明らかにし、その謎を解明しました。本研究成果は、免疫応答をはじめ、形態形成や環境応答といった様々な生体反応の制御に共通する仕組みの手がかりを解明したもので、植物科学全般に大きな波及効果をもたらし、今後の農学研究の発展に大きく貢献することが期待されます。
※基質となるタンパク質にリン酸基を付加してリン酸化し、タンパク質を活性化あるいは不活性化する酵素

【掲載誌】
■雑誌名:『EMBO Journal(エンボ・ジャーナル)』
     (世界的に権威のある科学誌、インパクトファクター9.643)
■論文名:The Arabidopsis CERK1-associated kinase PBL27 connects chitin perception to MAPK activation(シロイヌナズナのCERK1に相互作用するタンパク質リン酸化酵素PBL27は、キチン認識からMAPKの活性化を結ぶ)
■著 者:Kenta Yamada, Koji Yamaguchi, Tomomi Shirakawa, Hirofumi Nakagami,Akira Mine, Kazuya Ishikawa, Masayuki Fujiwara, Mari Narusaka, Yoshihiro Narusaka,Kazuya Ichimura, Yuka Kobayashi, Hidenori Matsui,, Yuko Nomura, Mika Nomoto,Yasuomi Tada, Yoichiro Fukao, Tamo Fukamizo, Kenichi Tsuda, Ken Shirasu,Naoto Shibuya, and Tsutomu Kawasaki
     
【本件の背景】
世界人口は2050年には91億人に達し、現在の1.6倍の食糧が必要になると試算されています※1。また、化石燃料などのエネルギー資源の枯渇が予測され、植物バイオマスなどを利用した循環型エネルギーシステムの構築が必要とされています。このため、農業・バイオマス植物生産の効率の向上が望まれますが、現在、世界で生産される作物やバイオマス植物の約15%が病害により損害を受けています※2。今後、効率的な生産を実現するためには、病害による損害を抑えるとともに、低農薬による環境保全型農業を支える耐病性技術の開発が必要となります。
しかし、植物では、酵母や動物においてマップキナーゼ経路を活性化するタンパク質リン酸化酵素と同様の遺伝子があるものの、これはマップキナーゼ経路の活性化とは関連がないと考えられており、センサーによる病原菌認識から細胞内の防御反応の活性化に至る情報伝達の流れという大きな謎が解明されていませんでした。そのため、植物自身が持つ免疫反応を最大限に活用した耐病性植物の開発といったニーズの高い研究の進展が遅れていました。

※1:国連食糧農業機関(FAO)『World agriculture:towards 2030/2050』
※2:George N Agrios『Plant Pathology Fifth edition』

【研究の詳細】
研究チームは、これまでに、真菌の構成成分である「キチン」を検出するシロイヌナズナのセンサー「CERK1」に結合するタンパク質リン酸化酵素「PBL27」を発見していました。一方、マップキナーゼ経路は、「MAPKKK-MAPKK-MAPK」という3つのタンパク質リン酸化酵素によって構成され、3番目にあるMAPKがリン酸化されると、MAPKが転写制御因子群(遺伝子の発現を制御する因子の総称)をリン酸化することで防御応答遺伝子群の発現が誘導されることがわかっていました。
今回の研究により、PBL27が、シロイヌナズナが持つ80個のMAPKKKの一つである「MAPKKK5」をリン酸化することがわかりました。さらに、キチンを検出して活性化したCERK1がPBL27をリン酸化したときのみ、PBL27はMAPKKK5をリン酸化することがわかりました。
MAPKKK5は、キチンに応答したMAPK(MPK3とMPK6)の活性化を制御し、防御応答遺伝子群の発現を調節することで、黒すす病に対する抵抗性を誘導していることがわかりました。また、MAPKKK5は、MPK3とMPK6のMAPKKとして働くMKK4とMKK5と相互作用し、リン酸化することが分かりました。
以上の結果から、キチン認識に伴うセンサーから転写制御因子に至るタンパク質リン酸化リレー(CERK1→PBL27→MAPKKK5→MKK4/MKK5→MPK3/MPK6→転写制御因子)を発見し、世界で初めて、センサーとマップキナーゼ経路を結ぶタンパク質としてPBL27を同定しました。

【今後の展望】
形態形成や環境応答といった植物の様々な生体反応は、センサーとマップキナーゼ経路を介して制御されていますが、その間を結ぶ因子は見つかっていません。しかし、免疫応答における因子を特定した本研究成果により、形態形成などの反応でも、RLCKファミリーに属するタンパク質がセンサーとマップキナーゼ経路を結ぶ因子の有力候補であると考えられます。今回の発見は、免疫応答だけでなく、不明な点が多く残されている形態形成などの植物における情報伝達の研究発展を促進する「植物科学のブレークスルー」になると考えられます。また、免疫信号伝達の活性化の仕組みを明らかにしたことで、それらをターゲットとした分子標的剤の開発が可能になり、植物免疫を活性化する環境にやさしい農薬の開発にもつながることが期待されます。

【研究者プロフィール】
■農学部バイオサイエンス学科 植物分子遺伝学研究室 教授 川﨑 努(かわさき つとむ)
研究テーマ:植物の情報伝達の解明
専   門:植物病理学、植物分子遺伝学、分子生物学
生年 月日:昭和40年(1965年)6月13日、51歳
昭和63年(1988年) 3 月 九州大学農学部卒業
平成 2 年(1990年) 3 月 九州大学大学院農学研究科修士課程修了
平成 2 年(1990年) 4 月 (株)三井業際植物バイオ研究所
平成 8 年(1996年) 4 月 奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 助手
平成12年(2000年)10月 米国・ノースカロライナ大学・生物学部 文部科学省在外研究員
平成14年(2002年) 8 月 奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 助教授
平成19年(2007年) 4 月 奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 准教授
平成22年(2010年) 4 月 近畿大学農学部バイオサイエンス学科植物分子遺伝学研究室 教授(現職)

■農学部バイオサイエンス学科 植物分子遺伝学研究室 助教 山口 公志(やまぐち こうじ)
研究テーマ:植物の抵抗性メカニズムの解明
専   門:植物免疫学
生年 月日:昭和53年(1978年)4月14日、38歳
平成14年(2002年) 3 月 山形大学理学部卒業
平成19年(2007年) 3 月 東北大学生命科学研究科分子生命科学専攻後期課程修了 博士(生命)
平成19年(2007年) 4 月 東北大学生命科学研究科博士研究員
平成19年(2007年)10月 奈良先端科学技術大学院大学バイオサイエンス研究科 博士研究員
平成22年(2008年) 4 月 近畿大学農学部バイオサイエンス学科博士研究員
平成26年(2014年) 4 月 近畿大学農学部バイオサイエンス学科植物分子遺伝学研究室 助教(現職)

■大学院農学研究科 バイオサイエンス専攻 博士後期課程3年 山田 健太(やまだ けんた)
研究テーマ:植物免疫におけるMAPKカスケードの活性化機構の解明
生年 月日:平成1年(1989年)11月4日、26歳
平成24年(2012年)3月 近畿大学農学部バイオサイエンス学科卒業
平成26年(2014年)3月 近畿大学大学院農学研究科バイオサイエンス専攻博士前期課程修了
平成26年(2014年)4月 近畿大学大学院農学研究科バイオサイエンス専攻博士後期課程(現在)
平成26年(2014年)4月 日本学術振興会特別研究員(DC1)(現在)

【関連リンク】
農学部バイオサイエンス学科 教授 川﨑 努
http://www.kindai.ac.jp/meikan/482-kawasaki-tsutomu.html

農学部バイオサイエンス学科 助教 山口 公志
http://www.kindai.ac.jp/meikan/1246-yamaguchi-koji.html

関連URL:http://nara-kindai.unv.jp/