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アルミニウム化合物による常温・常圧での水素分子活性化反応を発見 安価で豊富な元素を用いた水素化反応触媒や水素貯蔵材料の開発に期待

2016.08.25

  • 理工

図1 アルミニウム間二重結合化合物ジアルメン(図中の2)による水素分子活性化反応

茨城大学工学部の吾郷 友宏(あごう ともひろ)准教授、京都大学化学研究所の笹森 貴裕(ささもり たかひろ)准教授、時任 宣博(ときとう のりひろ)教授、近畿大学理工学部応用化学科の松尾 司(まつお つかさ)准教授らの研究グループは、低酸化状態のアルミニウム化学種であるアルミニウム間二重結合化合物(ジアルメン)を用いて、常温・常圧の状態で水素分子を活性化し、水素化アルミニウム化合物を得ることに成功しました。高反応性のジアルメンは単離して扱うことが困難でしたが、本研究においては、ジアルメンを穏和な条件で発生・制御する、京都大学化学研究所が開発した独自の手法を用いました。
今回の研究成果は、豊富元素であり環境調和性も高いアルミニウムを用いた、水素化反応触媒や水素貯蔵材料の開発などにつながることが期待されます。
本研究成果は、Wiley-VCH社が出版する権威ある化学雑誌 Angewandte Chemie International Edition 誌に Very Important Papers (VIP)として2016年8月16日に電子版で掲載され、Inside Cover にも選出されました。

◆背景
水素をエネルギー源とした水素社会の実現が世界的に求められていますが、水素は石油などとは異なり常温・常圧では気体であるため、水素を大量かつ安全に貯蔵・運搬する技術の開発が重要となっています。水素貯蔵技術の一つとして、水素を可逆的に吸収・放出する水素吸蔵合金と呼ばれる金属材料の研究が盛んに進められているものの、効率的な水素吸蔵には希土類(レアアース)元素や貴金属といった希少・高価な金属元素が必要となっています。また、水素を化合物に導入する水素添加反応は、石油の接触改質、メタノール合成、アンモニア製造、医薬品合成など多方面で利用されていますが、これらの化学反応では反応性が低い水素分子を活性化するために、貴金属元素で構成される触媒が必須となっています。このような水素吸蔵材料や水素添加触媒に用いられる希少金属元素を、地殻に豊富に存在し環境調和性も高いユビキタス元素で代替できれば、元素資源の枯渇に起因するリスクを低減し、持続可能な循環型社会の構築に貢献できると考えられます。そうした背景から、希少元素代替戦略に基づいた研究において、鉄、ケイ素やアルミニウムといった豊富かつ低毒性なユビキタス元素が注目されてきましたが、アルミニウムを水素分子活性化反応に用いた例はほとんどありませんでした。
今回の研究では、研究グループが開発した高反応性アルミニウム化合物の新規発生法を活用することで、室温・1気圧という穏和な条件で水素分子を活性化し、アルミニウムヒドリド化合物の合成に成功しました。

◆研究の概要
水素分子の活性化には、1.水素分子(H2)を2つの水素原子(H)に解離させる、2.水素分子をプロトン(H+)とヒドリドイオン(H–)に不均化させる、3.水素分子を二電子酸化することで2つのプロトン(H+)に変換する、4.水素分子を二電子還元することで2つのヒドリドイオン(H–)に変換する、といった方法が考えられます。研究グループは、陽性元素であるアルミニウムが高い還元能を持つことに着目し、低酸化状態のアルミニウム化合物を用いることで水素分子をヒドリドイオンに還元することが可能だと考えました。低酸化状態のアルミニウム化合物としては、Al+やAl2+を含む化合物がこれまで報告されていましたが、これらの化合物ではアルミニウムの反応性が十分ではなく、水素分子の活性化は達成されていませんでした。
一方、研究グループでは、単離困難な高反応Al+化合物であるアルミニウム間二重結合化合物ジアルメンを、常温・常圧の反応条件で発生させる方法を開発し、ジアルメンと様々な化合物との反応を報告してきました(注1)。かさ高い置換基(Ar)を導入したアルミニウム間単結合化合物(図1中の1)からベンゼン(C6H6)が解離することで、高反応性分子であるジアルメン(図1中の2)が発生します。ジアルメン(2)自体は不安定で単離できませんが、その前駆体であるアルミニウム間単結合化合物(1)と反応相手の基質をあらかじめ混合しておくと、発生したジアルメンがすぐさま基質と反応するため、目的とした生成物が得られます(注2)。ジアルメン前駆体(1)のヘキサン溶液(暗赤色)を、室温で1気圧の水素ガス雰囲気下においたところ、前駆体は消失し、代わって無色のアルミニウムヒドリド化合物(図1中の3)が得られました。

なお、得られたアルミニウムヒドリド化合物の構造は、核磁気共鳴スペクトル、赤外吸収スペクトル、単結晶X線構造解析を用いて、図2のように決定しました。ジアルメンによって二分子の水素が活性化され、4つのヒドリドイオンに変換されたことが分かります。
さらに、アルミニウムヒドリド化合物は、ヒドリド配位子が2つのアルミニウム間を橋架けした二量体構造を持ちますが、溶液状態では橋架け部分の結合が切れ、単量体を生じることも分かりました(図3中の4)。

アルミニウムヒドリド化合物(3)や溶液状態における単量体(4)の詳しい性質については不明な点が多いものの、ケトンなどのC=O二重結合のヒドリド還元が進行することから、一般的なアルミニウムヒドリド化合物と類似の反応性を持つことが示唆されています。

◆今後の展開
本成果では、低酸化状態のアルミニウム化合物であるジアルメンを用いることで、穏やかな反応条件での水素分子の還元的な活性化に成功しました。今後の循環型社会を支えるユビキタス元素の中でも代表的な存在であるアルミニウムが、水素分子活性化という新しい反応性を示すことを明らかにした重要な結果といえます。しかし、今回の研究では、水素分子活性化の逆反応で水素貯蔵の際に重要になる水素放出や、触媒的な水素添加反応は達成できていません。今後の研究により、これらの反応をアルミニウム化合物で実現できれば、アルミニウムを鍵元素とした水素貯蔵材料や水素添加反応触媒の開発にもつながり、ユビキタス元素に基づいた持続可能社会への貢献が可能であると考えられます。

【脚注】
注1:以下の論文が挙げられる。
  1. Tomohiro Agou, Koichi Nagata, and Norihiro Tokitoh, "Synthesis of a Dialumene-Benzene Adduct and Its Reactivity as a Synthetic Equivalent of a Dialumene", Angew. Chem Int. Ed., 52, 10818-10821 (2013).
  2. Koichi Nagata, Tomohiro Agou, and Norihiro Tokitoh, "Syntheses and Structures of Terminal Arylalumylene Complexes", Angew. Chem. Int. Ed.., 53, 3881-3884 (2014).
  3. Tomohiro Agou, Koichi Nagata, Takahiro Sasamori, and Norihiro Tokitoh, Chem. Asian J., 9, 3099-3101 (2014).
  4. Tomohiro Agou, Koichi Nagata, Takahiro Sasamori, and Norihiro Tokitoh, "Reactivities of a barrelene-type dialumane as an equivalent of an Al=Al doubly-bonded species", Phosphorus Sulfur Silicon Relat. Elem., 191, 588-590 (2016).
注2:この性質から、研究グループでは、ジアルメン前駆体を「マスクされたジアルメン」と呼んでいる。

◆発表論文の情報
<論文タイトル>
Activation of Dihydrogen by Masked Doubly Bonded Aluminum Species
<著者名>
Koichi Nagata, Takahiro Murosaki, Tomohiro Agou, Takahiro Sasamori, Tsukasa Matsuo, and Norihiro Tokitoh
<雑誌名>
Angewandte Chemie International Edition
<掲載日>
2016年8月16日オンライン掲載

【発表者】
茨城大学工学部生体分子工学科 准教授 吾郷 友宏
TEL(0294)38-5055 FAX(0294)38-5078
E-mail:tomohiro.agou.mountain@vc.ibaraki.ac.jp

京都大学化学研究所 准教授 笹森 貴裕、教授 時任 宣博
TEL(0774)38-3200 FAX(0774)38-3209
E-mail:tokitoh@boc.kuicr.kyoto-u.ac.jp, sasamori@boc.kuicr.kyoto-u.ac.jp

近畿大学理工学部応用化学科 准教授 松尾 司
TEL(06)4307-3462
E-mail:t-matsuo@apch.kindai.ac.jp

【関連リンク】
近畿大学理工学部応用化学科 准教授 松尾 司
http://www.kindai.ac.jp/meikan/359-matsuo-tsukasa.html

関連URL:http://www.kindai.ac.jp/sci/

図2 アルミニウムヒドリド化合物の分子構造

図3 アルミニウムヒドリドの解離平衡