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近畿大学 レトロウイルスが宿主細胞の攻撃から逃れる仕組みを解明
~エイズ、肝炎など慢性感染症の新たな治療法に~

2014.04.12

近畿大学医学部免疫学教室医学部講師・高村史記、教授・宮澤正顯らのグループは、レトロウイルス※1 が胸腺(きょうせん)※2 に感染することで自らを宿主の一部であるかのように偽装し、免疫反応による監視を逃れる仕組みを解明しました。今回の結果を応用することで、将来的にはエイズや慢性肝炎などウイルスが引き起こす様々な感染症の新たな治療や予防に繋がることが期待されます。なお、本研究成果はウイルス学分野で最も注目度の高い米国科学誌「PLoS Pathogens」(SJRランキング・ウイルス学分野1位、インパクトファクター(2012年):8.136)に3月20日付で掲載されました。


【ポイント】

・レトロウイルスに感染された胸腺は、免疫反応を担うT細胞の元になる細胞に誤った教育をする
・誤った教育を受けたT細胞は、活性化して細胞傷害性Tリンパ球(キラーT細胞)※3 になってもレトロ ウイルスに感染された細胞を攻撃しない
・しかし、胸腺に入り込んだレトロウイルス以外のウイルスは正常に攻撃できる
・今回の研究進展で、エイズや肝炎など慢性感染症の新たな治療法が期待される


【研究の概要と展望】

一般に体内の細胞がウイルスに感染すると、細胞傷害性Tリンパ球(キラーT細胞)と呼ばれる免疫細胞によって攻撃・破壊されます。キラーT細胞に分化する前の細胞(CD8陽性Tリンパ球)※4 は、宿主自身の正常細胞を誤って攻撃することがないよう、胸腺で教育を受けます。この教育を受けて、ウイルスなどの非自己タンパク質構造にのみ反応し、正しく攻撃することができるTリンパ球が胸腺を出て全身に行きわたります。

高村らのグループは、レトロウイルスが胸腺に感染して宿主の一部であるかのように偽装することで、キラーT細胞に分化する前の細胞に対し、レトロウイルス自身が持つタンパク質を非自己と認識しないよう、誤った教育を行わせることを解明しました。これにより、レトロウイルスは自らを攻撃するような免疫細胞が出現することを防いでいるといえます。

本研究成果を応用することで、レトロウイルスを胸腺に感染させない仕組みをつくる、または胸腺にレトロウイルスが感染した場合でも、T細胞に分化する前の細胞がレトロウイルスを正しく非自己と認識できるような正しい教育を行う仕組みをつくることができれば、エイズや慢性肝炎のような持続感染性のウイルスに関連する感染症に対し、これまでとは異なる手法での治療・予防法が考案できると考えられます。


【原論文情報】

Shiki Takamura, Eiji Kajiwara, Sachiyo Tsuji-Kawahara, Tomoko Masumoto, Makoto Fujisawa, Maiko Kato, Tomomi Chikaishi, Yuri Kawasaki, Saori Kinoshita, Manami Itoi, Nobuo Sakaguchi, Masaaki Miyazawa "Infection of Adult Thymus with Murine Retrovirus Induces Virus-Specific Central Tolerance That Prevents Functional Memory CD8+ T Cell Differentiation" PLoS Pathogens, doi:10.1371/journal.ppat.1003937


【補足説明】
※1 レトロウイルス:RNA(リボ核酸)を遺伝子として持つウイルス。逆転写と呼ばれる機構によってRNAの塩基配列を写し取り、DNAを合成することができる。いったん細胞に感染すると感染細胞の染色体に潜み、細胞分裂の際に伝達される。
※2 胸腺:胸の中央の胸骨の内側、心臓の上に存在する臓器。ここでTリンパ球が作られる。
※3 細胞傷害性Tリンパ球(キラーT細胞):胸腺で作られたTリンパ球のうち、CD8陽性Tリンパ球がリンパ節などで活性化したもの。体内のウイルス感染細胞などに接触すると、細胞膜に孔を開けるパーフォリンと呼ばれる分子などを放出し、標的細胞を破壊する。
※4 CD8陽性Tリンパ球:Tリンパ球にはCD4陽性のものとCD8陽性のものがあり、活性化すると前者は抗体産生を促進するヘルパーT細胞に、後者は細胞傷害性T細胞になる。

関連URL:http://www.kindai.ac.jp/topics/2014/04/post-565.html