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哺乳類受精卵のリプログラミングに重要な遺伝子を世界で初めて発見

2013.04.06

  • 生物理工
近畿大学生物理工学部(和歌山県紀の川市、学部長:細井美彦)の松本和也教授・畑中勇輝大学院生(博士後期課程3年)らの研究チームは、哺乳類の受精卵が全ての細胞に自律的に分化する能力(分化全能性)を獲得するために必要なプロセスである「エピジェネティック情報(遺伝子の発現を記憶するための情報)のリプログラミング(書き換え)」において重要な働きをする遺伝子「GSE」を、世界で初めて同定しました。
 この研究成果は今後、精子や卵のもとになる「始原生殖細胞」の形成時やiPS細胞(人工多能性幹細胞)の樹立時に起こるエピジェネティック・リプログラミングの理解にも貢献することが期待されます。それにより、いまだ低率である体細胞クローン個体の作出効率や、iPS細胞の作成効率の改善などに寄与することも期待されています。

 哺乳類の受精では、生殖細胞(精子および卵)のエピジェネティック情報が、生物個体を形成する200種類以上の細胞に自律的に分化可能な能力(分化全能性)を持つ、受精卵のエピジェネティック情報に書き換えられます(エピジェネティック リプログラミング)。
 このリプログラミングの分子メカニズムについては、遺伝子発現に必要なプロセスである「能動的DNAの脱メチル化」(エピジェネティック情報の1つで、DNAを構成する塩基シトシンからメチル基が特定の因子により取り除かれる現象)が重要な生理現象であることが分かっていましたが、その詳細な制御メカニズムは未解明のままでした。
 これを解明するため、研究チームは、受精時に卵の細胞質に存在する母性因子であり、なおかつ自らクローニング(単離)した生殖細胞でしか発現しない遺伝子「GSE」に着目し、その解析をマウス受精卵や初期胚において続けてきました。その結果、次の事実を見出しました。

GSEは受精後、雄性のクロマチン(DNAとタンパク質の複合体)にだけ結合する。
さらにGSEタンパク質は、クロマチンを構成するヒストン(遺伝子が巻き付いたタンパク質)のうちH3およびH4の2種類と直接、結合する。
受精卵の雄性ゲノム(精子由来の遺伝情報)では通常、DNA複製が始まる前に、ゲノム上に存在する5-メチルシトシン(5mC)が5-ヒドロキシメチルシトシン(5hmC)に転換されることで能動的にDNAが脱メチル化されるが、GSEタンパク質の発現を抑制した受精卵では、この5mCから5hmCへの転換が抑制されている。
 以上の結果から、GSEは、受精時のエピジェネティック・リプログラミングで重要な生理現象である「能動的DNA脱メチル化」の制御メカニズムに深く関与していることを突き止めました。
 この研究成果によって今後、受精卵が分化全能性を獲得する分子メカニズムのさらなる解明のみならず、始原生殖細胞の形成やiPS細胞の樹立時に起こるエピジェネティック リプログラミングの理解の促進にも貢献できると期待されます。それにより、いまだ低率である体細胞クローン個体作出効率やiPS細胞の誘導効率の改善などの発展につながる可能性があるといえます。

 本研究成果は、米国のオンライン科学雑誌「PLOS ONE」 (4月1日付け:日本時間4月2日)に掲載されました。



<補足説明>

【研究の背景】
 哺乳動物では、卵が精子との受精によって分化全能性を持つ受精卵が形成される現象は、生物種が次世代を生む生殖上不可欠な出来事です。この分化全能性とは生物個体を形成する200種類以上の細胞に自律的に分化できる能力であり、この能力を持つ細胞は受精卵と初期胚(2細胞期さらに4細胞期の胚:生物種によって異なる)に限られていることが知られています。しかしながら、受精卵が分化全能性を獲得するメカニズムは、未だ解明されていません。
 受精後に大規模なクロマチンリモデリングを伴うエピジェネティック リプログラミングを経て、精子と卵の生殖細胞のエピジェネティック情報が受精卵のエピジェネティック情報に書き換えられて、分化全能性を持つ受精卵が形成されると考えられています。さらに、受精直後DNA複製が開始される前に、雄性ゲノム上に存在する5-メチルシトシン(5mC)が5-ヒドロキシメチルシトシン(5hmC)に変換される能動的DNA脱メチル化が起きた結果生じた雄ゲノムと雌ゲノム間のDNAメチル化レベルの不均一性は、エピジェネティック リプログラミングの重要な現象であることも知られています。
 現在、能動的DNA脱メチル化の分子メカニズム機構に関与する因子として、Tet3及びPGC7/Dppa3/Stellaが同定されていますが、これらの因子だけでは能動的DNA脱メチル化の制御メカニズムを完全に理解することはできませんでした。


【研究手法と成果】
 これまで研究チームは、受精卵の分化全能性獲得のメカニズム解明の手がかりを得るため、生殖細胞で発現する遺伝子群の解析を進めてきました。その過程で、ホヤからヒトまで進化的に保存されたタンパク質で、生物個体では生殖細胞だけに発現するGSEが、受精直後の能動的DNA脱メチル化の分子メカニズム機構に深く関与することを発見しました。
 母性因子GSEは、受精卵では雌性及び雄性前核に存在しているものの、ある一定の処理を施すと、雄性クロマチンだけに結合していることを判りました。さらに、GSEはクロマチンを構成するヒストンH3及びH4と直接結合していることが確認されたことから、クロマチンリモデリングに関与することを見出しました。そこで、受精直後の雄性ゲノムに特異的に起こる現象である能動的DNA脱メチル化に、GSEが関与していると予測しました。これを検証するため、GSEの発現を抑制した受精卵における能動的DNA脱メチル化状態を様々な方法で調べました。まず、蛍光免疫細胞化学的解析の結果、GSEの発現を抑制した受精卵は、正常な受精卵で起きる5mCの低下と5hmCの増加が著しく抑制されていることが確認されました(図1)。次に、一つ一つの遺伝子レベルで脱メチル化状態を調べるため、正常な受精卵で脱メチル化されることが明らかになっている遺伝子Line1、Lemd1、Nanog、Oct4のCpG領域におけるバイサルファイト解析を行いました。その結果、GSEの発現を抑制した受精卵では、これら遺伝子領域のメチル化が抑制されていることが明らかになりました。続いて、能動的DNA脱メチル化は5mCから5hmCへ転換されることで生じる現象であるため、Line1ゲノム領域における5mC抗体及び5hmC抗体を用いたクロマチン免疫沈降法による解析をしたところ、GSEの発現を抑制した受精卵では、正常な受精卵と比較して、Line1ゲノム領域の5mCレベルは約2倍以上と高く、5hmCレベルは約4分の1以下と低いことが認められました。
 これらのことより、母性因子GSEは、受精時のエピジェネティック・リプログラミングで重要な生理現象である能動的DNA脱メチル化の制御メカニズムに深く関与していることを明らかにしました。


【今後の期待】
 哺乳動物の生殖細胞は、生物個体をかたち作る200種類以上の細胞の中で唯一、次世代へ遺伝情報を伝達することのできる細胞です。この生殖細胞のサイクルは、受精卵から発生が開始し、着床した胚のなかで生殖細胞(始原生殖細胞)が形成され精子と卵に分化して、それらが融合(受精)して再び受精卵が形成されるサイクルを示しています。このサイクルでは、受精卵及び始原生殖細胞の形成時に、エピジェネティック情報のリプログラミングが起きることが知られています。今後、今回発見されたGSEがエピジェネティック情報のリプログラミングで果たす役割を詳細に明らかにして、受精卵や始原生殖細胞の形成の分子メカニズムの解明を目指します。
 また、エピジェネティック・リプログラミングを人為的に操作することによって、体細胞クローン動物の作出やiPS細胞(人工多能性幹細胞)の樹立がなされます。しかしながら、エピジェネティック・リプログラミングの理解が未だ十分でないため、いずれの効率も高いものとはいえません。今後、エピジェネティック リプログラミングのメカニズムにおけるGSEが担う働きを理解することによって、体細胞クローン個体作出やiPS細胞樹立の効率改善に貢献することが期待できます。


【原著論文情報】
Hatanaka Y, Shimizu N, Nishikawa S, Tokoro M, Shin SW, Nishihara T, Amano T, Anzai M, Kato H, Mitani T, Hosoi Y, Kishigami S, and Matsumoto K. (2013) GSE is a Maternal Factor Involved in Active DNA Demethylation in Zygotes. PLOS ONE 8(4): e60205. doi: 10. 1371/journal.pone.0060205

関連URL:http://www.kindai.ac.jp/topics/2013/04/post-430.html