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植物が病原菌の感染を検知し、免疫応答を誘導する仕組みを世界で初めて発見

2013.03.16

近畿大学農学部(奈良市中町)バイオサイエンス学科の川崎努教授と山口公志・博士研究員、山田健太・大学院生による研究グループは、植物が病原菌の感染を検知し、それに対抗するための免疫応答を誘導する仕組みを、世界で初めて発見しました。植物の細胞膜上には病原菌を検出するセンサー(病原菌認識受容体※1)があり、病原菌の感染を認識すると細胞内に情報を伝達し、さまざまな免疫応答を誘導しますが、その情報伝達の仕組みはこれまで不明でした。この研究成果によって今後、植物で誘発される免疫応答を人為的にコントロールし、植物本来の免疫反応を最大限に活用することで、環境にやさしい耐病性植物の開発などへとつながることが期待されます。



【研究の背景】

世界人口は2050年には91億人に達し、現在の1.6倍の食糧が必要になると試算されています※2。また、化石燃料などエネルギー資源の枯渇が予測され、植物バイオマスなどを利用した循環型エネルギーシステムの構築が必要とされています。このため、農業・バイオマス植物生産の効率の向上が望まれますが、現在、病害による作物やバイオマス植物の損害は世界で約15%に上っています※3。今後、効率的な生産を実現するためには、病害による損害を抑えるとともに、低農薬による環境保全型農業を支える耐病性技術の開発が必要となります。
植物は、進化の過程で、病原菌の感染に対抗して、その増殖を抑えるための免疫機構を獲得しています。植物は細胞膜上に病原菌を検出するセンサー(病原菌認識受容体)をもち、感染した病原菌を認識した受容体は、その情報を速やかに細胞内に伝達し、様々な免疫応答を誘導します。しかし、植物では、この病原菌認識受容体がどのように細胞内に情報を伝達しているのか、明らかになっていませんでした。このため、植物自身が持つ免疫反応を利用した耐病性植物の開発など、ニーズの高い研究の進展が遅れていました。



【研究の内容】

研究チームは、イネの最重要病害の1つである白葉枯(しらはがれ)病菌が植物の免疫応答を阻害するために植物細胞内に送り込むタンパク質(エフェクター※4)を利用して、OsRLCK185と呼ばれる新規な植物の免疫タンパク質を発見しました。
この免疫タンパク質OsRLCK185は、真菌の構成成分であるキチンや細菌の細胞壁成分であるペプチドグリカンを検出して免疫反応を誘導する病原菌認識受容体OsCERK1と相互作用することが明らかになりました。
この病原菌認識受容体OsCERK1は、病原菌の構成成分※5を検出することで活性化し、免疫タンパク質OsRLCK185にリン酸基を付加することで、病原菌感染情報を細胞内へ伝達します。さらに、OsRLCK185がその情報を細胞内の他の免疫タンパク質に伝達することで、様々な免疫反応が協調的に誘導されてくることが明らかになりました。
このように、免疫タンパク質OsRLCK185は、免疫応答の始発点をコントロールする、極めて重要なタンパク質であることがわかりました。一方、病原菌は、エフェクターを利用して、病原菌認識受容体OsCERK1による免疫タンパク質OsRLCK185のリン酸化修飾を阻害することで、免疫応答の誘導を阻止していることが明らかになりました。



【今後の展開】

今回、病原菌認識受容体からの情報を受け、その情報を伝達してさまざまな免疫反応を調節するタンパク質を発見し、その仕組みを明らかにしました。
今後、免疫タンパク質OsRLCK185の機能を制御することで、植物自身がもつ様々な免疫応答を、病原菌感染に伴って迅速にかつ強力に誘導することが可能になり、環境にやさしい耐病性植物の開発に大きく貢献することが期待されます。
また、OsRLCK185のように、植物免疫誘導に主要な働きをするタンパク質を同定したことで、それらをターゲットとした分子標的剤の開発が可能になり、植物免疫を活性化する環境にやさしい農薬の開発にもつながることが期待されます。植物免疫の信号伝達に関しては不明な点が多く残されており、本研究がブレークスルーとなって今後、より詳細な分子機構が解明されていくことが期待されます。



掲載雑誌名、論文名および著者名

雑誌名:
- Cell Host & Microbe セル ホスト・マイクローブ
(世界的に有名な米国の科学雑誌、インパクトファクター 13.5)
論文名:
- A Receptor-Like Cytoplasmic Kinase Targeted by a Plant Pathogen Effector is Directly Phosphorylated by the Chitin Receptor and Mediates Rice Immunity
(植物病原菌のエフェクターの標的となっている受容体型細胞質リン酸化酵素は、直接キチン受容体によってリン酸化され、イネの免疫応答を制御している。)
著者名:
- Koji Yamaguchi, Kenta Yamada, Kazuya Ishikawa, Satomi Yoshimura, Nagao Hayashi, Kouhei Uchihashi, Nobuaki Ishihama, Mitsuko Kishi-Kaboshi, Akira Takahashi, Seiji Tsuge, Hirokazu Ochiai, Yasuomi Tada, Ko Shimamoto, Hirofumi Yoshioka , and Tsutomu Kawasaki

研究費

雑科学研究費補助金、私立大学戦略的研究基盤形成支援事業(近畿大学)、生研センター「新技術・新分野創出のための基礎研究推進事業」



※1:
- 病原菌認識受容体: 感染してきた病原菌の構成成分と結合することで、病原菌の感染を認識し、その情報を細胞内に伝達するタンパク質の総称。
※2:
- 出典:Plant Pathology Fifth edition, George N Agrios
※3:
- 出典:国連食糧農業機関(FAO)「World agriculture:towards 2030/2050」
※4:
- エフェクター: 病原菌が、植物の細胞内に分泌する病原菌のタンパク質の総称。エフェクターは、病原菌の中では機能を持たないが、植物の細胞内で、免疫に関わるタンパク質の機能を直接阻害することで、免疫応答を抑制する機能をもつ。
※5:
- 病原菌の構成成分: 受容体によって検出される病原菌の構成成分として、細菌のべん毛タンパク質やペプチドグリカン、真菌のキチンなどが知られている。

関連URL:http://www.kindai.ac.jp/topics/2013/03/post-421.html