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完全養殖クロマグロに自然環境下での生残能力 近畿大学、世界初の海洋放流実験で実証

2012.12.14

  • 研究所
近畿大学水産研究所 (和歌山県白浜町、所長:宮下盛)は、天然資源の減少が危惧されるクロマグロについて、天然資源回復・維持に寄与できる可能性を探るため、グローバルCOEプログラム の一環として、天然資源に依存しない完全養殖※1によって生産された種苗(幼魚)を海洋へ放流する実験を(独)水産総合研究センター国際水産資源研究所と共同で、全米熱帯マグロ類委員会(IATTC)の協力を得て実施しました。完全養殖クロマグロを自然界の海洋に放流する実験は、世界で初めての試みです。
本日までに、放流した種苗の一部(2尾)が、自力で餌を捕食しないと餓死してしまうとされる放流後30日を経過後、海洋で遊漁者と定置網により、生存状態で捕獲されました。これにより、人工環境下で世代を重ね、配合飼料で育った完全養殖クロマグロ種苗が、自然環境下でも自ら餌を捕食して生残できることが判明しました。
実験は現在も継続中であり、今後も、放流した種苗が海洋で捕獲される可能性があります。


近畿大学水産研究所  
http://www.flku.jp/

近畿大学グローバルCOEプログラム「クロマグロ等の養殖科学の国際教育研究拠点」
http://www.gcoe-kinkiuniv.jp/




1) 実験の背景
近畿大学は2002年、世界で初めてクロマグロ完全養殖に成功しましたが、世界のクロマグロ養殖は現在もなお天然種苗(自然界から捕獲した稚魚)に依存しているため、天然クロマグロ資源の減少が危惧されています。天然資源に依存しない完全養殖種苗を安定供給できれば、天然種苗への依存度を低下させ、天然クロマグロ資源を保護できます。さらに、完全養殖種苗を自然界の海洋に放流し、繁殖させることができれば、天然資源の回復・維持につながると期待されます。
しかし、人工環境下で世代を重ね、配合飼料で育った完全養殖クロマグロを自然界に放流する実験は例がなく、自然環境下での行動・生態はまったく不明です。また、生物生態系に及ぼす影響や、特定遺伝子のみを持つ個体が繁殖してクロマグロの遺伝的多様性が減少する危惧も指摘されています。
今回の実験は、完全養殖種苗を海洋へ放流する場合と、自然災害などで意図せずに自然環境へ流出してしまう事態の双方を想定し、これらの課題を解明する第一歩として実施しました。

(2) 実験の詳細
まず、完全養殖種苗の自然界での行動・生態が天然種苗とどう異なるかを解明するため、天然クロマグロのヨコワ(幼魚)の海洋放流研究を行なっている(独)水産総合研究センター国際水産資源研究所との共同研究としました。また、国内各地の漁業協同組合や関連研究機関に対し、放流種苗を発見・捕獲した場合の連絡と個体提供を依頼。米国西海岸まで到達する可能性があるため、全米熱帯マグロ類委員会にも協力を仰ぎました。
2012年10月15日と21日、いずれも和歌山県串本町沖から、体長16〜28センチメートル(生後3カ月)の完全養殖第3世代※2計1,862尾を放流しました。放流されたクロマグロには目印となる外部標識(ダートタグ)を背ビレに装着しました。うち11尾には、水温と水深、移動経路の推移を記録できる「データロガ」を腹部に挿入しました。

(3) 現時点での成果
最初の焦点は、配合飼料だけで育った完全養殖クロマグロが自然環境下で生残できるのか、という問題。放流後30日を過ぎると、自らの力で餌を捕食しないと餓死します。つまり30日経過後、生きて発見されれば自力捕食・生残能力が証明されます。
放流開始後、10月16日から12月5日にかけて、計8尾が和歌山県から静岡県にかけての沿岸で捕獲されました。うち30日を過ぎていたものは<11月25日に三重県島勝浦沖で捕獲/放流後35日経過><12月5日に串本樫野定置網で捕獲/放流後45日経過>の計2尾です。
この結果、自力捕食・海洋生残能力があることが証明されました。しかし今回は、一般遊漁者と定置網で捕獲され、個体回収ができなかったため、自然界での行動・生態の詳細解明にはつながりませんでした。

(4) 今後の展望
今後、放流した個体の回収が進めば、完全養殖クロマグロと天然魚とを比較し、生残率や成長速度、海洋環境への適応性、回遊経路などの比較研究が可能となります。逃げ場がない生簀(いけす)で育った養殖魚の方が天然魚より海洋環境変化への耐性が優れるという予測もあります。一方で、成長速度や生残率は、餌の探索・捕獲に優れた天然魚が優ると見られています。こうした比較がクロマグロの場合、どうなのか解明することは重要な研究テーマとなります。
加えて、完全養殖種苗を自然界へ放流することで、海洋の生物生態系がどう影響されるか、遺伝子多様性は保たれるか、といった研究も進める必要があります。
近畿大学水産研究所では今後、まず数年をかけて基礎的な資料・データを蓄積し、研究活動を発展させていく方針です。
それと同時に、完全養殖種苗の生産を拡大することで、現在もなお天然種苗に依存しているクロマグロ養殖産業に対し、より多くの完全養殖種苗を提供することに務めていきます。

関連URL:http://www.kindai.ac.jp/topics/2012/12/post-408.html