体外式膜型人工肺(エクモ)のガス交換膜の細孔構造と新型コロナウイルス漏出リスクの解明

2021.07.30

  • 医用

 近畿大学生物理工学部(和歌山県紀の川市)医用工学科准教授の福田誠らの研究グループは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による重度の急性呼吸促迫症候群の治療にも使用される体外式膜型人工肺(エクモ)について、これまで知られていなかったエクモ膜の独特な非対称構造や複合構造を精緻に明らかにしました。その上で、膜工学における膜透過理論を用いて、新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)がエクモ膜を透過しエクモシステムの血液循環回路の外部へ漏出、拡散するリスクがあることを明らかにしました。
本件に関する論文が、令和 3 年(2021 年)7月14日に、膜科学に関する国際的なオンライン学術雑誌"Membranes"に掲載されました。

Membranes | Electron Microscopic Confirmation of Anisotropic Pore Characteristics for ECMO Membranes Theoretically Validating the Risk of SARS-CoV-2 Permeation

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研究概要

 体外式膜型人工肺(以下、エクモ)は、膜を使用した膜分離法によって、患者の血液を酸素加することができる医療用機器です。分離膜(中空糸膜、平膜)は多孔質構造体であり、高分子で形成された粒子の三次元積層構造になっています。したがって、膜に開いている三次元細孔構造を観察・解析し、ガス、溶質や溶液の膜透過係数を測定して、三次元細孔構造と膜透過現象の関係を解析することが重要です。
エクモは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による重度の急性呼吸促迫症候群の治療にも使用され、重症患者にとっての「最後の砦」と言われています。また、心臓冠動脈バイパス術などの心臓血管外科手術などでも使われます。エクモには中空糸膜※形状のガス交換膜が内蔵されており、この膜を隔てて内腔部分に酸素ガス、外側に患者の血液が流されます。酸素と二酸化炭素が膜を交互に透過することで血液が酸素加され、酸素加された血液が患者に戻されます。エクモの機能障害は、エクモの血液流路内における血液凝固・血栓形成などによる過剰な圧力損失上昇や血漿漏出(プラズマリーク)、およびそれらを原因とするガス交換速度の低下です。
血漿漏出は心臓血管外科手術などの開心術よりも長時間を要する急性呼吸促迫症候群の治療(以下、Extracorporeal Membrane Oxigenation;ECMO治療)においておこりやすいことがわかっています。このため、本邦では通常の開心術用の「体外循環型膜型人工肺」とは別に、ECMO治療のための「補助循環・補助呼吸型膜型人工肺」が認可されています。しかし、実際のCOVID-19重症患者のECMO治療では、血液中の血漿が中空糸膜の内腔へ漏れてエクモのガス側出口ポートから黄色の泡沫状の液体となって漏出することが報告されています。さらにその際、血漿中の新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)が中空糸膜を透過しガス側出口ポートからエアロゾルとして拡散する可能性が懸念されていました。
SARS-CoV-2の直径は50nmから200nm程度と言われていますが、最近のエクモ膜の膜構造および細孔構造は明らかにされておらず、ましてエクモ膜(ガス交換膜、酸素・二酸化炭素は透過し血液は透過しない)におけるウィルスなどの物質透過性に関するエビデンスは明らかではありませんでした。そこで本研究では、走査型プローブ顕微鏡SPMや電界放出型電子顕微鏡FE-SEMを用いた直接顕微鏡観察手法を用いて、本邦で代表的なエクモ膜の細孔構造の観察、解析を行いました。その結果、これまで知られていなかったエクモ膜ぞれぞれの独特な非対称構造や複合構造を精緻に明らかにすることができました。その上で、SARS-CoV-2のエクモ膜透過性を検証し、SARS-CoV-2がエクモ膜を透過しエクモシステムの血液循環回路の外部へ漏出するリスクがあることを明らかにしました。
これらのアウトプットが、ECMO治療において新型コロナウイルス拡散(ECMO感染)を防止するためのエビデンスになるとともに、中長期使用においても耐久性を有するLong-term ECMOの社会実装化に繋がることが期待されます。

論文情報

掲載誌:"Membranes"(インパクトファクター:4.106 2020)

論文名: Electron microscopic confirmation of anisotropic pore characteristics for ECMO membranes theoretically validating the risk of SARS-CoV-2 permeation.
(新型コロナウイルス透過リスクを検証するためのエクモ膜の異方性細孔構造の電子顕微鏡的観察)

著 者:福田誠(近畿大学生物理工学部医用工学科)、古谷知也(近畿大学生物理工学部医用工学科卒業)、定野和憲(近畿大学生物理工学部医用工学科)、徳嶺朝子(近畿大学生物理工学部医用工学科)、森智博(和歌山県工業技術センター)、竿本仁志 (和歌山県工業技術センター)、酒井清孝(早稲田大学名誉教授)

用語解説
※中空糸膜:代表的な分離膜の形態の一つ。フィルム上の平膜に対し、ストローやマカロニに似た形態が特徴。膜の厚み部分の物理的な三次元細孔構造や、医療用中空糸膜であれば血液と接触する表面の化学的特性(生体適合性)の設計がポイント。

関連リンク
生物理工学部医用工学科准教授 福田 誠(ふくだ まこと)
https://research.kindai.ac.jp/profile/ja.ce6ff84733b545c4.html