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1つの天然物から僅か2~3ステップの化学反応で複数の天然物様構造体構築に成功 創薬科学など物質創製分野の発展に期待

2020.08.26

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 近畿大学農学部生物機能科学科(奈良県奈良市)教授の北山 隆らの研究グループ(柏﨑 玄伍 助教、宇高 芳美、福島 美幸、高橋 一生)は、長浜バイオ大学(河合 靖教授)、埼玉医科大学(土田 敦子講師)との共同研究により、ハナショウガ(Zingiber zerumbet Smith)の主成分として高含有量で存在するzerumbone(以下、ゼルンボン)を出発原料に用い、ゼルンボンのもつ高度な反応性を利用して、13種類の興味深い複雑で構造的に多様な骨格を含む35種類の化合物の構築を達成しました。 その中でゼルンボンから僅か2~3の化学反応で6種類の他の天然物の構造体へ変換することに成功しました。また複雑な化合物が得られる経路(反応機構)も明らかとしました。生物学的に関連するこれらの化合物の反応メカニズムの解明は、植物の二次代謝産物の生合成を理解することにも役立ちます。本研究の成果は創薬科学分野など、実用的で新しい物質の構築が必要不可欠な分野に新たな物質の創製法を提供するものであり、その材料として高反応な天然物に他の研究者が目を向けるきっかけとなることにも役立つと考えられます。本研究に関する論文は、令和2年(2020年)6月11日(木)(日本時間)にアメリカ化学会The Journal of Organic Chemistry誌(有機化学界最高峰のジャーナルの一つ)で公表されました。

●本件のポイント
  • ハナショウガの主成分を用い、僅か2~3ステップの化学反応で複数の天然物様構造体を構築することに世界で初めて成功
  • ハナショウガ主成分のゼルンボンを「多様な反応性を有する天然材料を利用した有機合成(NMRDOS)」の材料の先鋒として提唱
  • 創薬科学など、基礎科学の発展にある種の天然物が実質的な構造変換につながる材料として、今後目が向けられる動機付けとなることに期待
●本件の内容

 天然物は、新薬、新薬のリード、および新しい化学物質の豊富な供給 源として利用されています。多くの天然物は、多様で3次元的な複雑な構造を持ち、異なる幅広い化学的な空間を占め、医薬開発に関わる生物活性物質として作用することが多く見られます。しかし、多様な生物学的活性を持つ新規天然物を見つけ、構造的に多様で複雑な化合物をつくることは容易ではありません。複雑な分子を迅速に得るために、コンビナトリアル合成など、さまざまな戦略が報告されています。また多様性指向型合成(DOS)は、単純な出発物質から構造的に多様な化合物をつくるための効果的なアプローチの1つで、この戦略は注目を集めており、天然物を出発物質にすると新しく複雑な骨格を生成し、利用可能な化学空間を広げるための合成の出発点として使用されてきました。しかしながら、出発物質の選択に応じて化合物の多様性は異なり、大きな出発物質は複雑な骨格をもっていますが、分子の複雑さがしばしば単純な変換でさえ非常に困難にし、構造変換の多様化が妨げられています。 一方、これらの出発物質の中で小さなビルディングブロック(組み合わせていくための元となる物質)を使用すると、化合物の誘導化の範囲に大きな可能性がありますが、複雑で多様な構造を構築するには、合成ステップを大幅に増やす必要があります。したがってすぐに入手可能な小さな天然物は、新しい生物活性をもつ化学ライブラリーの構築の出発分子として適しています。そこで本研究ではこれらの課題を克服する方法の一つとして、低分子天然物を使用して構造的に複雑で多様な骨格を合成することを考え、その材料にハナショウガ由来のゼルンボンを用いると、たった一つの化合物からほんの僅かな反応工程数で、今後の医薬品開発のヒントとなる非常に多くの新しい物質をつくることに成功しました。

●研究の詳細

 医薬品を開発するための一つの方法は、医薬品となる物質をつくりだすことですが、多様な生物学的活性を持つ新規天然物を見つけ、構造的に多様で複雑な化合物をつくることは、今なお容易ではありません。本研究ではこれらの課題を克服する方法の一つとして、低分子の天然物を使用して構造的に複雑で多様な骨格を合成することを考えました。

 そこで近畿大学農学部生物機能科学科・教授の北山 隆と助教の柏﨑 玄伍、博士後期課程(当時)の宇高 芳美らは、(1) 天然材料の総乾燥重量の1 wt%を超えて含まれ、(2) 単離および精製が容易で、(3) その分子構造に4つ以上の反応中心をもち、(4) 反応性オレフィン(二重結合)をもつ天然物ゼルンボンに着目し、構造変換研究を進め、複雑で構造的に多様な骨格の構築を達成しました。結果として、13の興味深い有用な骨格によって代表される35もの分子の構造を決定しました。最も注目すべきは、ゼルンボンから僅か2~3ステップの化学反応で、複雑な他の天然物骨格をもつ6種類のタイプの化合物をつくることができることを発見したことです。そして、長浜バイオ大学・河合 靖教授によるX線結晶構造解析と埼玉医科大学・土田 敦子講師による計算化学的手法を組み合わせることによって、なぜこの様な複雑で多様な物質が得られるのか(反応メカニズム)を深く考察することができました。このことは、植物の二次代謝産物の生合成を理解することにも役立ちます。以上のように本研究成果は、広い分野の専門家との共同研究により達成されたものであり、新しい医薬品の開発や、多様でかつ機能性をもつ新しい物質が必要な分野を対象とする広範囲にわたる科学の進展に貢献すると考えられます。

●今後の展開

 今回報告した研究成果は、世界で行われている創薬研究のみならず、機能性物質を含むあらゆる物質を「創る」ための発想の一つとして役立つと考えられます。世の中でつくられている物質には限りがあり、新しい物質や、それらをつくる方法が医薬品開発などのために強く求められています。したがって、本研究の成果は物質が関与するあらゆる分野、例えば創薬科学、化学遺伝学、材料科学、有機合成化学分野の発展に大きく貢献し、この様な天然物が実質的な構造変換につながる材料として、今後目が向けられる動機付けとなることが期待されます。

●論文概要

雑 誌 名: The Journal of Organic Chemistry(IF=4.77(2019-2020))

論 文 名:Remarkable Potential of Zerumbone to Generate a Library with Six Natural Product-like Skeletons by Natural Material-Related Diversity-Oriented Synthesis
(多様な反応性を有する天然材料を利用した有機合成により、6つの天然物様骨格を持つライブラリーを形成するゼルンボンの顕著な可能性が明らかに)

著   者:Yoshimi Utaka(1), Gengo Kashiwazaki(1), Noriko Tsuchida(2), Miyuki Fukushima(1), Issei Takahashi(1), Yasushi Kawai(3), Takashi Kitayama(1)

著者の所属:(1) Major in Advanced Bioscience, Graduate School of Agriculture, Kindai University, Nara 631-8505, Japan
(2) Faculty of Medicine, Saitama Medical University, Saitama 350-0495, Japan
(3) Nagahama Institute of Bio-Science and Technology, Nagahama, Shiga 526-0829, Japan