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日本経済・財政の現状と展望

筆者:世界経済研究所所長 本間 正明
転載元:尾崎行雄記念財団出展「世界と議会」2008年8・9月号2008/08/08

揺ぐ経済と財政の両立

小泉、安倍、福田政権を通して、わが国は持続的な成長強化と財政再建を経済財政運営の基本方針として推進してきた。この成長と財政の両立をめざす基本方針がここにきて大きく揺らぎつつある。その原因は、言うまでもなく、景気動向の悪化にある。米国のサブプライムローン問題、原油・資源価格等の高騰に伴い、米国を起点とする世界経済のダウンサイド・リスクの中で、わが国も深刻な影響を受け始めたからである。

わが国経済は、実質経済成長率がマイナス0.8%にまで悪化した01年度を底に、02年の1月から回復基調に入り、02年度1.1%、03年度2.1%、04年度2.0%、05年度2.4%、06年度2.5%と確実に拡大してきた。ところが、昨年からの世界経済の変調の中で、07年度の経済成長率は1.6%に低下し、08年度見通しもここにきて2%から1.3%へと大幅に下方修正を迫られることになった。

この足元の経済不安は財政再建にも影を落し始めている。06年度までの基礎的財政収支は急速に改善し、財政再建の目標年次であった11年度にはその黒字化も十分に視野に入りつつあった。07年度以降の5年間も2%台の成長が維持できれば、歳出効率化によって増税なしにも、黒字化は達成可能との推計もあったほどである。

ところが、今回の景気後退とその後の経済の推移によっては、11年度の基礎的財政収支の黒字化は達成できないことが7月22日に経済財政諮問会議に提出された内閣府試算によって明らかにされた。06年度の「骨太方針」にしたがって、14.3兆円の歳出削減を実施する場合、09年度1.6%、10年度2.0%、11年度2.4%の「成長シナリオ」を想定しても、11年度の基礎的財政収支はGDP比で0.7%の赤字を残すという結果である。

これまで、政権与党内では、いわゆる「上げ潮」派と「財政再建」派の対立の構図の中で、経済政策の路線闘争が語られてきた。前者は構造改革によって持続的に成長力を引上げ、徹底した歳出効率化のうえで消費税引上げを最後の手段として容認する立場である。これに対し、後者は成長力上昇を過大に期待するのは危険であるとし、急増する社会保障需要に対応するためには、消費税増税の早期実現も辞さないという立場であった。

今回の福田改造内閣の発足に際して、「上げ潮」派が一掃されたこともあって、成長と財政再建の両立をめざす構造改革路線が斥けられたという見方も根強くある。最も悪いのは、政府が明確な方向付けを与えずになし崩し的に路線変更を行うことである。

短期、中期、長期の時間整合性

今後の経済財政運営にあたって留意すべき点は、「時間整合性(タイム・コンシステンシー)」の問題である。短期的な観点から景気対策を実施するにしろ、グローバル化の中でわが国の潜在成長力をいかに高めるかという中期的な課題、高齢化の進展下で膨張する政府規模をどう適正化するかという長期的な課題と矛盾するものであってはならない。「上げ潮」派と「財政再建」派の対立は、この時間軸の中で解決すべき問題である。短期、中期、長期の経済財政運営の基本方針を改めて設定し、その実現に向けての工程表を明示することによって、両者の対立を整合的に解消する作業が政府に求められていることになる。

短期的に景気対策を実施する際、厳に業界対策的なバラマキは慎むべきである。すでに、「景気対策として補正予算を編成すべし」という発言や「公共投資の上積み」を求める声も聞かれる。01年来、厳しい歳出抑制に不満を募らせてきた議員心理からしても、また衆議院総選挙を控える政治状況からしても、ともすればポピュリズム(大衆迎合)的な施策が横行しがちである。改めて、わが国の政党政治のあり方が問われることになる。

景気対策のねらいは、経済の下振れが続く事態をできるだけ早期に脱却し、わが国の潜在成長率に見合う中期的なトレンドにいかに回帰させるかにある。先に触れた内閣府試算では、「リスクシナリオ」として実質成長率が09年度に1.6%、10年度1.3%、11年度1.1%と経済が中期的に低迷するケースを想定している。この場合、基礎的財政収支はGDP比で1.1%まで赤字幅を拡大するから、この「リスクシナリオ」だけは絶対に回避する必要がある。

早期に2%台の持続的な成長を復元し、その成長パスの上でまず基礎的財政収支を2011年度まで黒字化する。この経済と財政の両立性に関する中期的な基本方針は堅持しなければならない。このためには、内閣府試算における「成長シナリオ」を上回る経済パフォーマンスを達成することが求められる。国内における設備投資、雇用増に対する法人課税上の減税措置や一層の規制改革などの大胆な成長戦略を踏まえた対応が必要になる。

成長戦略のアクションプラン

果たしてわれわれは2%台の持続的な経済成長を実現できるのであろうか。答えはイエスである。01年度から07年度までのわが国の実質成長率は平均して1.6%程度にとどまっている。10%強の中国は比較にならないとしても、米国やEuの3%前後の成長にも大きく劣っている。 その結果、主要国の名目GDPシェアで見れば、わが国は03年の11.5%から06年の9.1%へと低下している。OECD諸国の一人あたり名目GDPで比較しても、03年の9位から06年の18位へと急落している。

日本経済に関して、悲観論が根強くある。そのことがわが国に覆いがたい閉塞感を生み出している。競争の激化や格差の出現によって、規制再強化の動きやアンチ・グローバリズムの気運の高まりさえ見られる。グローバル化の中で、各国は必死で競争力強化に向けて、戦略的に取り組んでいる。これに対して、わが国だけがグローバル化に背を向け、構造改革に相容れない受け身の国内的弥縫策に終始すれば、他国を利するだけであり、国民の最も基本的な安全基盤である経済が衰退するだけである。

グローバル化の影響がいかに強いか。これは、02年から07年までの平均実質成長寄与率を見れば、明らかだ。民間最終消費支出が40.5%にとどまっているのに対し、対外部門の成長寄与率はほぼそれに匹敵する38.8%にも達している。28.4%の民間資本形成の成長寄与率を加えても、外需依存度の高さが際立っている。

外需の中身を見ても、大きな変化が観察出来る。われわれが誇る自動車や家電製品等を外国で売ることによって生ずる貿易収支より、証券投資や直接投資からの収益の受け取りである所得収支黒字の方が大きい。また、所得収支の中でも、証券投資による収益が直接投資のそれを上回っている。

日本経済はモノ、カネ、実物投資を通して、海外で稼ぎ、その成果を持ち帰る構図がますます鮮明になっている。この構図が労働分配率の低下による消費の低迷や設備投資の海外へのシフトを通じて内需の弱さを生んでいる。対外、対内の資金の流れが一方的に編し、わが国のグローバル化の果実の享受が限定的になっているのだ。

解決策は、経済財政諮問会議「構造変化と日本経済」専門調査会報告ですでに十分に提示されている。そのタイトル「グローバル経済に生きる-日本経済の若返りを-」が端的に示す通り、世界に開かれ、世界に生きる覚悟なしには日本経済の再活性化はありえない。魅力ある「プラットホーム(活動拠点)」としてわが国が蘇生するためには、ヒト・モノ・カネが日本に集う魅力ある経済システムにつくり直さなければならない。

徹底した行財政改革の実現

経済の再生と基礎的財政収支の均衡化をめざす中期スパンの間に、行財政改革の徹底も実行に移さなければならない。その出発点は06年度の「骨太方針」で示された歳出効率化プログラムである。これは公共投資の抑制・効率化、社会保障関連支出の自然増抑制などを中心として、11年度までに最大限14.3兆円の財政効率化をめざす内容である。厳しい財政状況を踏まえれば、これ以上の改革が求められる。

勿論、この間、三つの大きな財政課題に対処しなければならないから、相当な覚悟をもって取り組まなければ実現不可能である。第1は、経済が「リスクシナリオ」に陥らないための景気対策である。これは現段階では予備費の範囲内で対応すべきであり、補正予算を組むか否かは世界経済の動向をいましばらく見ながら判断すべきである。補正予算を組む場合でも、その財源を新規国債発行に求めることは避けるべきである。

これは国債市場の需給状況が悪化しており、発行をきっかけにわが国の財政規律の緩みとみなされ、ジャパン・プレミアムとなって金利上昇を招きかねないからである。むしろ、財政改革との整合性をはかって、「埋蔵金」の一つとして知られる国債の「金利変動準備金」を活用する方策が景気対策としても望ましい。

第2は、来年度の税制改正の一大争点である道路特定財源の一般財源化にいかに道筋をつけるかである。特に、2.5兆円強の税収が見込まれる暫定税率分をどう再分配するのか真剣に検討されなければならない。

道路整備・補修を含めて公共投資計画の全般的見直しは避けて通れない。また、公共投資整備における国と地方の役割の見直し、行政組織改革と合わせて、抜本的に検討すべきである。

さらに、道路特定財源問題は地球温暖化を柱とする環境政策にも深くかかわっている。石油関連諸税は、環境税導入の可否とその方策、環境対策費用の捻出、環境技術開発の促進等、歳入・歳出両面において環境政策との整合性が強く問われているからだ。

第3は、基礎年金への国庫繰入率の1/3から1/2への引上げ問題である。この引上げは法律的には09年度に実施するものとされているが、実施時期および引上げ率については弾力的に考えて良い。1/2への引上げには2.5兆円程度の財源が必要であるが、現実の基礎年金給付額が09年度から急増するわけではない。引上げる場合でも、特定財源の一般財源化や金利変動準備金・外為特会等にプールされているストック資金を活用すべきである。特に、一般財源化では、道路から福祉への流れをここではっきりとさせなければならない。

抜本的な社会保障・税制改革

当面、中期的な課題に全力を傾けるにしても、年金・医療・介護を三本柱とする社会保障制度改革とその財源である消費税を含めた抜本的税制改革の実現は長期的課題として避けて通れない。とりわけ、12~14年度には団塊の世代が年金受給を開始するため、今から国民の合意形成に向けての準備を始める必要がある。国民の合意を取りつけるためには、少なくとも3~4年は要するものと覚悟しておかなければならない。

社会保障制度は国民の安心の拠り所であるが、負担なしには給付なしであって、「フリーランチ」は幻想である。いまの社会保障給付を維持しようとすれば、相当の負担増を迫られるが、国民はそれを許容するのか。経済の活性化との関連で、どこまで国民負担率の上昇を認めるのか。負担の中核的な担い手となる若年世代の不満を緩和し、社会保障制度の持続可能性を維持するために、世代間格差をどう是正するのか、難問は山積みしている。

社会保障制度改革に関して、与・野党には大きな意見の相違が見られる。とりわけ、国民年金に関して、保険料方式を維持するのか、それとも税方式に移行するのか根本的な対立がある。税方式への移行は、消費税率の引上げだけにとどまらず、所得税および法人税にも影響を与えるから、抜本的な税制改革とあわせて議論する必要がある。

与・野党はそれぞれの社会保障改革、税制改革のプランをパッケージとして国民に提示し、国民の合意形成に努める義務がある。選挙目当ての実現不可能な「甘いにんじん」競争に陥らずに、超党派的な解決の途をさぐる知恵と見識が国会に期待される。

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