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ニュースリリース

コソボ共和国プリシュティナ大学と近畿大学が学術交流協定を締結

2013年10月 8日

プリシュティナ大学(コソボ共和国プリシュティナ)と近畿大学(大阪府東大阪市)は学術交流協力を推進することに同意し、平成25年(2013年)10月8日(火)近畿大学東大阪キャンパスにて、学術交流協定調印式を行いました。
プリシュティナ大学は、平成20年(2008年)2月17日に独立宣言をしたばかりのコソボ共和国の首都・プリシュティナにある代表的な国立大学で、紛争で壊滅的な被害を受けた国の復興のためにも、医学、薬学、土木工学、都市工学など特に理系の人材育成を急務としています。本学は、13学部48学科を擁する総合大学であり、医学部を始めとして理系の学部を多く持つことから、留学生の受け入れや研究者の派遣などによってコソボ共和国の復興に協力できると考え、国際貢献としてプリシュティナ大学と学術交流協定の締結に至りました。

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参考資料

【コソボ共和国の歴史】
コソボ共和国のあるバルカン半島は、古代からさまざまな民族が入り組み複雑な歴史を持っています。ユーゴスラビア連邦人民共和国時代にセルビア共和国内のコソボ・メトヒヤ自治州とされて以降、コソボ独立運動の動きが高まりました。ユーゴスラビアの指導者チトーの死後も独立を目指すコソボと、支配を続けようとするセルビアの対立は続き、1996年からはコソボ紛争が勃発。1999年6月9日の戦争終結までに戦争による被害の他、セルビア軍によるコソボの民族浄化も行われ、殺害20,000人、レイプ被害25,000人、難民100万人(日本の人口に換算すると7000万人)など多くの犠牲者が出ました。(コソボ共和国大使館提供資料から)
紛争終結後もコソボとセルビアの交渉は長引き、2008年2月17日に念願の独立宣言を果たします。日本は同年3月18日にコソボを国家として承認、2009年2月25日付で外交関係を開設し、在オーストリア日本大使館がコソボ共和国を管轄しています。
コソボの国土は10,908平方キロメートルで岐阜県相当、人口も179.4万人(2011年、世界銀行統計)と非常に少ないため、医療・教育といった方面での支援も重要といわれています。

※ 当事国においては、歴史認識の違いが存在します。

【プリシュティナ大学について】
1969年11月18日に、当時のコソボ自治州会議にてコソボ初の大学として認可。開校当時は医学部、工学部、法経済学部、哲学部の4学部を有していました。その後17学部まで増え、現在では4万人以上の学生が学んでいます。また、海外の提携校は53校に上りますがその大半はヨーロッパの大学であり、今回の近畿大学との学術交流協定はアジアの大学としては第一号となります。

【近畿大学について】
「実学教育」「人格の陶冶」を建学の精神とし、グローバル化された諸問題に立ち向かうため、ネイティブな英語を学習する英語村をはじめとした外国語学習支援スタッフや施設の整備に注力しています。13学部48学科を擁する日本有数の総合大学であり、今回の学術交流協定締結によって、医学・理学・工学・農学など幅広い分野においてプリシュティナ大学の支援ができるものと考えています。

【特別講演について】
調印式後、コソボ共和国文部科学大臣のラム・ブヤ氏による講演「コソボ紛争の真実~そして復興」が実施されました。ラム氏は1958年コソボのリピアン出身で、プリシュティナ大学博士号取得(政治学)。特別講演では、プリシュティナ大学の創設やその後の教育について、またセルビア占領下時代から解放戦争までのコソボの歴史についてお話されました。

関連リンク
プリシュティナ大学 

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