近畿大学理工学部のトップランナーいま注目の最先端研究

交通安全をテクノロジーで支援。
情報通信技術を用いた個人適応型の安全運転講習。

多田 昌裕 准教授

多田 昌裕
近畿大学理工学部 情報学科 准教授
  • 教員の所属・職位については、記事公開時のものです。現在の所属・職位とは異なることがあります。ご了承ください
「ひと」に着目した交通安全対策

近年、自動ブレーキをはじめとしたさまざまな技術開発のおかげで交通事故発生件数は減少傾向にありますが、それでも年間50万件以上(平成27年データ)の交通事故が起きています。警察庁の統計によれば事故の75%は安全運転義務違反、すなわちヒューマンエラーが原因で起きています。社会の高齢化に伴う運転免許保有者構成層の変化やライフスタイルの変容によって運転者の多様化が進む中、これからは車両の安全性能向上や道路環境整備などハード面からの安全対策だけでなく、運転者自身の安全運転意識の向上を図る「ひと」に向けた取り組みがますます重要になると考えられます。
従来の安全運転支援技術は前方車両と異常接近した際に発動する自動ブレーキや、運転者の居眠りや突然の発病などの異常を検知して車両を安全に停車させるシステムなど、危険が顕在化した状況をターゲットとしています。しかしながら、危険が顕在化した状況以外にも危険な状況は存在します。例えば、見通しの悪い交差点に安全確認も何もせずにそのまま猛スピードで突っ込む行為は極めて危険なことは言うまでもないですが、運よく周囲に対向車や歩行者などがいなければ、結果的に何も起こりません。このような、運よく危険が顕在化しなかった“潜在的な危険状況”を自動的に検出できれば、実際に事故が起きる前にその原因を解決して事故を未然に防ぐことができるはずです。そのためには、運転者自身の行動を常に計測する技術(人間行動センシング技術)が不可欠です。

ウェアラブルコンピューティング技術を用いた運転技能自動評価システム

私の「ひと」に向けた交通安全の取り組みは、人間行動センシング技術を用いて運転者の一挙一動を計測・評価し、運転者本人は安全運転を「しているつもり」であっても「実際にはできていない」ことを客観的なデータをもとに伝えることで、運転者の自己評価と実態との間にあるギャップを埋めていくことを狙いとしています。
これを実現するため、ウェアラブル型のモーションセンサ(ジャイロ/加速度センサなどを内蔵)で計測した運転者の頭部と右足の挙動データから、車両周辺の安全確認行動やブレーキの準備行動の生起を推定・検出する運転者行動センシング技術を開発しました。このセンシング技術は安全確認動作の生起を80%以上の精度(視線計測装置で計測した視線データとの比較)で検出できます。さらに、この技術を自動車教習所指導員の安全運転知識の体系化技術、およびGPSを用いた位置計測技術と組み合わせ、運転者の技能を予防安全の観点から全自動で評価するシステム“運転技能自動評価システムObjet”を開発しました。Objetは運転中の安全確認や右足ペダル操作など、運転者の一挙一動を装着型センサで常時計測するため、通常の運転の範疇から外れた逸脱動作はもちろんのこと、予防安全の観点から見れば当然なされるべき動作がなされていない“潜在的な危険状況”も検出・評価できます。自動車教習所の協力の下で実施したObjetの精度検証実験の結果、Objetによる運転技能評価は自動車教習所指導員の評価と8割以上の精度で一致することを確認しています。

システム

運転評価データから見える職業ドライバーの傾向

こうして開発したObjetを自動車教習所で実施されている職業ドライバーの安全運転講習現場に導入し、実社会へ研究成果をフィードバックする試みを進めています。これまでの講習で蓄積してきたデータを分析すると、職業によって運転の様子に大きな違いがあることが明らかになっています。ここでは一般/タクシー/トラック/バスの運転者、合計508人の協力を得て、講習の成績を比較した結果を紹介します。
まず、危険な場所で速度をきちんと落とせていたかなどを評価する「速度得点」の結果を見てみると、一般の運転者は90点を取っている人もいれば10点台の人もいるなど、運転技術の個人差が非常に大きいことが分かります。これに対して,タクシーの運転者は80点以上の人が最も多く、20点以下の運転者も少ないなど、技術の違いが見て取れます。一方、トラックの運転者は80点以上の人が非常に多く、10~70点の中間の人はほとんどいない結果となりました。しかしながら、0点の人が全体の10%存在し、速度を落とせる人と、全く落とす気がない人に二分される結果となりました。バスの運転者は、全体として高得点域に偏在しており、良好な結果でした。
次に、左右を適切に確認できたかを示す安全確認の得点分布を見てみます。図中の横軸、縦軸はそれぞれ左側、右側に対する安全確認得点(0~100点)であり、各プロットが各人の得点を示します。一般の運転者の結果をみると、高得点域は15%程度と少なく、望ましい安全確認ができていないことが見てとれます。これに対してタクシーの運転者は安全確認に関しても、一般運転者よりも良好な結果でした。トラックの運転者は速度と同じ傾向で全体的に分布がバラついており、安全確認に関しても、やる人はやるけれど、やらない人は全くやらないという結果となりました。そしてバスの運転者は大部分が望ましい安全確認の領域に入っており、良好な結果でした。

システム2

高齢運転者向けの安全運転教育

このところ、高齢運転者による事故の増加が大きな社会問題となっています。実際、65歳未満の非高齢者による事故発生件数は年々減少傾向にあるものの、65歳以上の高齢者による事故発生件数は横ばいの状況が続いています。今後も人口の高齢化の進展に伴って、運転免許保有者に占める高齢者が増えることが見込まれる状況においては、高齢者向けの事故対策の検討は喫緊の課題といえます。
このような状況のもと、私たちはObjetを用いて高齢運転者の教育を行う講習プログラムを開発し、モーションセンサを用いる講習として日本で初めて京都府公安委員会からの認定を受けました(認定教育3・6号課程)。この認定を受けた講習を受講すると、70歳以上の高齢者に義務付けられている免許更新時の法定高齢者講習が免除されます。高齢者は免許更新時に必ずこの講習を受講するため、多くの高齢者の方に向けての安全運転講習を行うことができるようになりました。様々な方のご協力をいただいたおかげで、現在までに700人以上の受講実績を積み重ねています。
ここでは高齢運転者と一般の運転者の運転評価結果を比較したデータを紹介します。まず速度得点をみると、高齢運転者に速度超過傾向はほとんどなく、高齢者と一般の運転者とでは運転の問題点が異なることが示唆されます。一方、高齢運転者の左右安全確認得点は人によってバラバラで、きちんと左右を確認する人もいれば、右しか見ない人や左しか見ない人、ほとんど周りを見ていない人さえもいました。このように、一口に「高齢運転者」と言っても、安全運転をしている人もいれば、そうでない人もいて、さらにその運転の問題点は多様です。人間行動センシング技術を運転評価に導入することで、高齢者ひとりひとり異なる多様な問題点を把握し、その人の問題点に合わせたアドバイスを行う個人適応型の安全運転講習が可能となります。人によってその運転技能は多様であるがゆえに、人間行動センシング技術に基づく個人適応型の安全運転講習が交通事故低減のカギを握っていると私は考えています。

システム3

メッセージ

最近の研究は、ひとつの専門分野に閉じるのではなく、様々な専門分野が学際的に連携して進めることが多くなってきています。私が専門としている交通でも、土木工学、心理学、機械工学、電気電子工学、人間工学、情報学など多様な専門分野の研究者がお互いの長所を活かしながら研究を進めています。ある学問分野が、「いま」自分には関係ないと思っていたとしても、将来何かの際に役立ってくることも多くあります。ぜひ、食わず嫌いをせず、多様な学問分野に興味を持ってください。

メッセージ

用語解説
ウェアラブルコンピューティング技術とは 日常的に身体につけて利用できることを目指したコンピュータ技術。その特性を活かして、コンピュータが常にユーザを見守り、状況に応じた情報提供をリアルタイムに行えるようになると期待されている。
人間行動センシングとは 人の意図や状況を推定するための基礎データとして、ウェアラブル型のモーションセンサや外部カメラなどの環境センサを用いて、人の日常生活における行動を計測する技術。
多田 昌裕
情報学科 准教授

所属: 学科 / 情報学科  専攻/ エレクトロニクス専攻研究室: 交通情報学研究室

略歴 2005年3月 中央大学大学院理工学研究科博士後期課程修了 博士(工学)
2005年4月 国際電気通信基礎技術研究所(ATR)入所
2013年4月 近畿大学理工学部情報学科 講師
2018年4月 近畿大学理工学部情報学科 准教授
受賞 2002年9月 第3回日本感性工学会大会 優秀発表賞
2005年12月 映像情報メディア学会 研究奨励賞
2009年3月 ATR 研究開発表彰 奨励賞
2009年6月 日本交通心理学会第74回大会 優秀発表賞
2014年8月 日本応用心理学会学会賞(論文賞)

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