研究レポート

ニホンウナギの完全養殖の実用化を目指し、
安定した稚魚の生産方法を確立する。

水産増殖学研究室/太田 博巳 教授

 ウナギは土用丑の日の食べものとしてよく知られ、日本人にはなじみの深い食べものです。昔は値段も大衆向けの値段で販売され、古くから庶民に愛されてきました。ところが近年、このウナギの値段の高騰が続いており、最近では“ウナギは高級食材”と思われているかたも多くなってきています。日本で主に食されているのは“ニホンウナギ”と呼ばれるウナギなのですが、養殖に必要な稚魚の漁獲量がきわめて少ない状態が続いており、2014年には絶滅危惧種として指定されました。そんなニホンウナギの完全養殖に取り組み、実用化を目指して研究を進めています。
 完全養殖は普通の養殖とは違い、成魚に卵を産ませ、その卵から生まれた稚魚を成魚に育て、また卵を産ませるというサイクルを作る養殖法を指し、ウナギの場合、産卵がひとつの課題となってきます。この問題に対して、私たちの研究室では成熟に関わる数種類のホルモンを使った取り組みを実践しています。海から川に上ってくるシラスウナギを飼育すると、性は生息環境によって変わり、養殖地では不思議なことに9割5分以上がオスに成長します。これでは安定して受精卵が得られないため、女性ホルモンの一種を投与することで、メス化させるという方法を用いています。また、ウナギは養殖下では、成熟しないという問題もあります。そこで、ウナギにホルモンを注射して人工的に成熟させています。現在は、このようにして成熟した雌と雄に最終成熟を促すホルモンを投与して放卵・放精させ、自然界の産卵場と同じように水槽内で受精卵を得ています。ホルモンをどの位の濃度で、どのようなタイミングで投与するのがよいか?を検討し、雌雄の親魚に上手に産卵させる技術の開発を行っています。

不可能を可能にしたクロマグロの完全養殖。

水産増殖学研究室/澤田 好史 教授

 日本はマグロの漁獲量、輸入量ともに世界1位のマグロ消費大国です。しかしながら近年では、世界中でマグロの消費量は急増してきており、天然のマグロ資源の減少が問題となってきました。マグロ養殖も行われてはいますが、通常の養殖は、海で幼魚を捕獲し、人の手で育て商品サイズまで育てるため、天然の資源を消費しているという意味では漁業と変わりありません。そこで考えられたのが“クロマグロの完全養殖”で、完全養殖とは成魚に卵を産ませ、その卵から生まれた仔魚を成魚に育て、また卵を産ませるというサイクルを作る養殖法です。この場合天然資源を利用しなくても済みます。近畿大学では40年以上前からその研究が進められてきましたが、クロマグロは非常にデリケートな魚で、稚魚に育てるだけでも課題は多く、また天然のクロマグロは外洋で産卵するため、その生態が不明で、完全養殖への道は困難を極めました。それでもあきらめずに研究を続け、一つひとつ課題をクリアし、研究開始から32年経って世界で初めてクロマグロの完全養殖を成功させたのです。
 現在では、完全養殖されたクロマグロの安定受給に向けて、DNAを使った研究も進められています。マグロは見た目での雌雄の差がほとんどないのですが、扱いやすい幼魚のときにDNAで雌雄を判別し、メスの多い群を作り産卵機会を増やしたり、成長の速いDNAをもった家系を見つけることで、より短期間で成長するマグロへの品種改良も実施しています。また、DNAを使った研究は安定受給以外にも可能性を秘めています。牛肉ではその肉が霜降りになる“霜降り遺伝子”が見つかっていますが、マグロも、DNAからトロになる遺伝子を発見できれば、全身トロや全身赤身といったマグロも育てられるかもしれません。このような研究にぜひ若い人達に参加して貰いたいと思います。

イルカの里親行動を見て、動物の助け合い行動の進化を紐解く。

海棲哺乳類学研究室/酒井 麻衣 講師

 野生のイルカは群れで生活していて、人と同じように、仲良く暮らすためにコミュニケーションや社会行動を行っています。イルカは音を使ってコミュニケーションをとることに長けた動物です。ハンドウイルカのだす口笛のような音の中には、個体ごとに特徴がみられる音があります。これらは、“シグネチャーホイッスル”と呼ばれ、“自分の名前”のような機能をもっているのではないかと言われています。鳴き声で自分のいる場所を仲間に知らせ、群れがバラバラにならないようにしているのかもしれません。また、仲のいいイルカ同士が胸ビレを擦りあい、身体をきれいにすると同時に絆を深め合う行動もよく見られています。このようにイルカは、お互いにコミュニケーションをとり、人と同じように助け合いながら生活する生き物なのです。
 伊豆諸島御蔵島の周辺に生息する、野生のミナミハンドウイルカの生態研究していたおり、1頭のメスイルカの死亡が確認されました。そのメスイルカには赤ちゃんがいたのですが、その後しばらくすると、お母さんイルカとは血縁関係のない若いメスイルカが、その赤ちゃんを養育している様子が観察されました。このイルカはいわゆる孤児の“里親”になったわけですが、野生のイルカでこのような行動が確認されたのは世界で初めてです。私たちはこの里親行動の理由を探るため、その後の2頭の行動を観察し、糞からDNAを調べ、過去5年間の映像を分析するなど解析を進めましたが、メスイルカがどうして血縁関係にない赤ちゃんを助けたのかは未だに謎のままです。
 人間と同じく複雑な社会で暮らすイルカの“他者を助ける”行動に関する研究は、人間社会における助け合いがどのように進化してきたのかを紐解くヒントになるかもしれません。