リレーエッセイ
Vol.01 物語と調性
小説における「物語」と、いわゆる西洋クラシック音楽における「調性」とのアナロジーは果たして成り立つか?というのが、現在の自分の関心事である。
といっても、アナロジーが成り立つ学的根拠を探求するといったことでは全然なくて、強引に両者を並べてみたうえで、小説について、あるいは音楽について、あれこれと散漫に考えてみようというに過ぎない。きっかけは、正月頃から、アルノルト・シェーンベルクを中心とする新ヴィーン楽派について少し読んだり、彼らの音楽を聴いたりしたことで、となれば、当然ながら、十二音技法の問題が視野に入らざるを得ない。
十二音技法、あるいは、そこから発展したセリーの音楽とは何か。なんとなく知ってはいたけれど、ちゃんとは知らなくて、ずっと気になっていた。そこで少し勉強した。
ごく簡単にいえば、十二音技法とはオクターヴ内の十二の音を重複なしに並べた音列を作り、その逆行形(反対から並べた列)、反行形(三度上がっていれば三度下げるといった具合にしてできる左右対称の列)、反行形の逆行形、という具合に音列を導き出し、それらを構成することで音楽を作っていくというわけなのだが、技術的な細目にまで自分の理解は至っていない。ただ少し理解できたのは、なぜシェーンベルクが十二音技法の開発に向かったのか、その動機である。
いわゆる西洋クラシック音楽の、中世ゴッシクから、ルネサンス、バッロクを経て、古典派、ロマン派へ至るまでの流れを、和声の拡充の歴史として捉えることは可能だろう。ことに長調短調の別が生まれたバロック以降、調性の磁場のなかで和声は運動してきた。で、なんだかんだとあって、十九世紀も半ばを過ぎた頃、ワーグナーの「トリスタン」が調性を揺るがし、世紀末から二〇世紀初頭、マーラー、リヒャルト・シュトラウスといった後期ロマン派の作曲家たちが調性の磁場から脱する方向へ音楽を進めた。とは、たいていの音楽史の教科書に書いてあることだが、伝記によると、シェーンベルクはマーラーの交響曲第七番を聴いて、調性の時代はもう終わったと思ったらしい。
とはいえ、世紀の変わり目の頃に、彼もまずは調性の磁場のなかでキャリアを開始した。この時期の傑作が『浄められた夜』(作品4)であり『ペレアスとメリザンド』(作品5)であるが、一九〇八年を境に、シェーンベルクは調性の磁場から脱し、無調時代へ突入する。だが、自由な無調による創作時代は長くは続かず、一九一二年頃からシェーンベルクは沈黙する。その期間は第一次世界大戦をはさんで十年弱、一九二一年に十二音技法を完成させて、豊穣な創作の秋を迎えるまで、彼は沈黙を余儀なくされるのであるが、多くの人たちと同様、自分が興味をひかれるのは、この沈黙の意味なのだ。(続く)